1997(平成9)年の2月、青森県で同じ年の5月に廃止が予定されていた南部縦貫鉄道を撮影に出掛けた。(その1のレポートはこちら←太字をクリックすると記事に飛びます)
この時は、京都から青森まで寝台特急「日本海」を利用して、トンボ帰りするという強行日程だった。青森駅でレンタカーを借り、雪で真っ白になった道路を走って、終点でもあり、南部縦貫鉄道の本社もある七戸駅へ向かった。
八戸に似たような名前の七戸だったが、町の規模は著しく異なっていて、地方のド真ん中という感じだった。
南部縦貫鉄道の本社を兼ねた駅舎も、けっこう年季が入っていた。
駅舎の中では、南部縦貫鉄道というか、人気の高かったレールバス関連のグッズがずらりと並んでいた。
ホームの近くには「レールバスのりば」と書かれた小さな看板が立ててあった。
そのホームには、古びた、いかにもバスのような車両「キハ102」が停車していた。
レンズ付きフィルムで撮影している人の姿も見られた。
運転台は、通常の鉄道車両とは異なり、クラッチやシフトレバーがある所が、一般的なバスと構造が同じだった。
車内には、別れを惜しむ鉄道ファンよりも、地元の利用者の方が多く乗車していた。
駅から少し離れると、一面、銀世界の中。雪があるので、その下に何があるかは分からなかったが、きっと田畑が広がっているのだろうと想像した。
走行音は、一般の気動車(ディーゼルカー)とそれほど違う感じはしなかったが、線路の状態が悪いのか、かなり上下左右に揺れながら走っているように見えた。
この時は、積雪量が特に多くは無かったので、除雪車が走っている雰囲気も感じられなかった。
青森駅に戻ると、帰りに乗る寝台特急「日本海」が既にホームに止まっていた。その横には、かつて青函連絡船の桟橋や、積み下ろしの貨車が並ぶヤードが広がっていたのだが、それらは完全に姿を消していて、港内を横断するように橋が新たに架けられていた。
注*掲載写真の中には、現在は地形などの変化で撮影することができない場所や、撮影対象そのものが存在しなくなったものも含まれます。必ずしも現状とは一致しませんので、あらかじめご了承ください。