バブル真っ只中の1988(昭和63)年の秋、ヨーロッパからユーラシア大陸を横断して走る「オリエント急行」が日本に上陸することになった。
日本に上陸後も、国内各地で特別運行が繰り返し続けられた。そして、12月末に最後の運行で京都を通ることになったので、クリスマスイブで街が賑わっている中、撮影に出掛けることにしたのだった。←オリエント急行を撮影した様子は左の太字をクリックすると記事に飛びます
この日、原付バイクで最初に向かったのは、東海道線の西大路-向日町間にある踏切付近だった。
最近、改造車を除いて、ほぼ引退してしまった117系も、当時は「新快速」専用車として活躍していた。
今となっては、6両編成という短さが時代を感じさせる。
播州赤穂行きの113系「快速」がやって来た。上郡行きと並んで珍しい列車だったが、令和の時代になった今もあるようだ。
向日町運転所に回送中の湖西線用113系700番台がやって来た。わざわざ湖西線用とあるのは、冬期の半自動ドアに対応しているからだったが、その後は他にも半自動ドアに改造された113系が登場したため、特に湖西線用とか、700番台という意味は無くなってしまった。
以前は北海道で特急「いしかり」に使われていたクハ485-1500番台を先頭にした特急「雷鳥」が姿を見せた。運転席直上のライトが2灯あるのが特徴だった。
冬の日暮れは早い。反対方向にカメラを向けると、もろに逆光になってしまった。
そこで、近くの向日町駅に移動する。
すっかり日が暮れてしまい、以降は、ピントの浅い開放絞りでの撮影になってしまった。
201系の普通列車も、今では見ることが出来なくなった。
当時は見飽きた存在で、撮影する意欲の湧かなかった103系も、既に過去の存在になってしまった。
注*掲載写真の中には、現在は地形などの変化で撮影することができない場所や、撮影対象そのものが存在しなくなったものも含まれます。必ずしも現状とは一致しませんので、あらかじめご了承ください。