1984年3月29日(木) 最後のEF58けん引荷物列車

1984(昭和59)年の3月、EF58型電気機関車が郵便荷物列車のけん引から3月いっぱいで引退するという国鉄の発表を受けて、連日のように夜の京都駅に通っていた時期があった。
 当時、中学生でお金がなかったこともあり、地下鉄代を節約するために京都駅まで片道30分ほどかけてママチャリで通っていたものだった。夕食後に自宅を出発し、夜中まで京都駅までいたので、睡眠時間が削られてしまい、学校の授業中には猛烈に眠くなったものだった。

そんな日々も、あっという間に過ぎて、3学期も終わって春休みに入り、いよいよ最終運航日となる3月29日を迎えた。当日は、東海道線の山崎-高槻辺りで撮影を考えていて、定番のサントリーカーブの方へ行ったのだが、その撮影ポイントには、平日にも関わらず、恐ろしいほど数多くの鉄道ファンが詰め掛けていた。慌てて、山崎駅の反対側(京都寄り)の方へ移動することにしたが、そうして歩いている間に、刻一刻と最終列車が来る時間が迫っていたので、かなり焦ったのを覚えている。

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阪急京都線と交差する場所に近くにある踏切へ到着。すると、間に103系を挟んだクモヤ90がやって来た。そのクモヤ90も、63→72系を改造した旧車体ではなく、まだ真新しい新製車体を載せたものだった。

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荷物列車の直前にやって来る485系の特急「雷鳥」が姿を見せた。見慣れていて、あまり撮影しようという意欲の湧かない被写体ではあったが、テスト撮影のつもりでシャッターを切った。
 このとき、あまり良くないポジションだなとは思ったが、もう今さら場所を移動する時間的余裕は全く無くなっていた。

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いよいよ、最終の荷物列車がやって来た。さぞかし立派な「お別れ」ヘッドマークを付けていることだろうと予想していたのだが、そこに姿を見せた先頭のEF58-146号機には、小さく「惜別」の2文字が車体に直接貼られただけの簡素なものだったので、がっかりしたのを覚えている。

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使っていたカメラ、ニコンFEに付いていたモータードライブを活用して、秒間3.5コマでシャッターを押し続けていた。

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夜の京都駅に通い続けていた間、カラーフィルムばかり使っていたので、小遣いが尽きてしまい、この大切な日に、モノクロフィルムでしか撮影ができなかったのが悔やまれるが、それも遠い昔の、思い出のひとコマになってしまった。

鉄道関連ニュース

京都新聞の撮り鉄カメラマン“カジやん”が、1978(昭和53)年から現在に至るまで、京都を中心に日本全国で撮影した鉄道写真を紹介します。

注*掲載写真の中には、現在は地形などの変化で撮影することができない場所や、撮影対象そのものが存在しなくなったものも含まれます。必ずしも現状とは一致しませんので、あらかじめご了承ください。