1985年4月5日(金) 和歌山駅

1985(昭和60)年4月、阪和線と紀勢線の接続点である和歌山駅を訪れた。

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当時、紀勢線にはEF58けん引の客車列車が残っていたが、旧型客車の姿は無く、青い冷房付きの12系に置き換えられていた。

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和歌山駅に到着した客車列車は、折り返しのため、すぐにEF58の機回し作業が始まった。この日は、竜華機関区所属のEF58-147号機の仕業だった。

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客車列車がほぼ絶滅した今は、もう見ることが出来ない光景ではあるが、当時はごく普通に見られたものだった。

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地方で客車列車が運行される地域では、ホームの高さが低いのだが、ここ和歌山駅も、当時は低いホームになっていた。

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雨の降る中、485系の特急「くろしお」がやって来た。「振り子型」の381系に混じって走り始めたばかりの485系だったが、当然のことながら「振り子」は装備してないのでスピードは出せなかった。しかし、381系はカーブで傾きが大きく、独特な乗り心地のため、それで乗り物酔いする乗客にとっては、こちらの方がマシだったかもしれない。

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「くろしお」に転用された485系は、運用区間の全線が直流だったこともあって、不要な交直流機器を撤去して直流用の183系化された上で、後に福知山線電化の時に運行が始まった特急「北近畿」に転用された。そのため、485系の「くろしお」での活躍は短いものに終わった。
 国鉄時代の末期には、こうした転配が広く行われていたが、一方では車齢が若いにも関わらず余剰になった車両を中心に有効活用する「魔改造」といったこともよく行われていた。

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和歌山駅と、和歌山市駅の支線区間には、105系の2両編成が使われていたが、この105系も、かつては常磐線で使われていた103系を改造して転用したものだった。

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和歌山線にも105系が使われていたが、これらは当時、桜井線や奈良線にも使われるなど、広く運用されていて、自分の地元である京都駅でも、その姿を見ることが出来た。
 結果的に、この改造型105系は、紀勢線で2021(令和3)年まで運用されたので、前身の103系時代を含めると、半世紀近い活躍を続けたのだった。

その和歌山線から奈良線を通って京都に戻ったが、京都駅に着くと、6・7番ホームに西端にある待機線にEF65PFの姿があったので、見に行った。

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そこには、EF65PFのトップナンバー機である1001号機が待機していた。
 ほどなく、奈良線経由で、サロンカーなにわで編成された団体臨時列車がDD51にけん引されて姿を現し、この1001号機に付け替えられた。

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フィルムが残り少なかったためか、DD51の姿や、機回し・機関車付け替えといったシーンが撮影されてなかったが、今となっては貴重な場面だっただけに悔やまれる。

ちなみにEF65-1001号機は、現在もJR貨物・新鶴見機関区に在籍しているという。一時、車籍が抹消されたものの、なぜか復活したという経歴を持つらしいが、現在は保存用としての在籍のようだ。

鉄道関連ニュース

京都新聞の撮り鉄カメラマン“カジやん”が、1978(昭和53)年から現在に至るまで、京都を中心に日本全国で撮影した鉄道写真を紹介します。

注*掲載写真の中には、現在は地形などの変化で撮影することができない場所や、撮影対象そのものが存在しなくなったものも含まれます。必ずしも現状とは一致しませんので、あらかじめご了承ください。