1978年9月30日(土)~10月1日(日) 京都市電・最後の日

1978(昭和53)年9月30日、京都市電は83年の歴史に幕を下ろした。
 その最終営業日、京都市交通局は、12歳以下の子どもは終日「無料」で市電に乗車できることが発表されており、それを知った自分たちは、9月30日は早起きして一番電車で北大路通~東大路通(東山通)~九条通~西大路通というコースで京都市内の外周を一周する22系統に乗り込んでから学校に登校(=注*当時の土曜日は午前中のみ授業があった)するという計画を立てていた。

ところが、そんな大事な日に限って自分は痛恨の寝坊。慌てて集合場所に同級生宅に駆け込んだら、同級生の母から「もう、みんな行ったで」と言われ、さらに走って近くの電停(=電車停留所)へ行くと、今まさに始発の市電が発車して行ったところだった。その後ろ姿を眺めながら、こんな時に寝坊してしまった自分のミスを悔いたのは言うまでもない。

仕方なく自宅に戻ってから、学校に登校すると、始発の市電で一周してきた同級生たちから「今朝きーひんかったな。何してたんや?」と言われる始末。
 とはいえ、午後から再びみんなで最終日の市電に乗る約束をしていたので、お昼に授業が終わるやいなや、大慌てで自宅に帰り、昼食をかきこんでから、またまた朝と同じ同級生宅に向かったのだった。

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前日までの雨続きから一変、この日は秋晴れの良い天気に恵まれていた。そんな最終日の京都市電は、来る電車、来る電車、見るからにぎゅうぎゅう詰めの超満員だったが、何とか乗り込めた。車窓からは、あちこちで恐ろしいほど多くの人がカメラを構えている様子が見えていたが、小学生の自分たちは、はぐれないようにすることで精一杯。とても一周までする気にはならず、たまらず東福寺の電停で下車した。

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横断歩道の上から、東福寺の電停を発車して、夕焼けをバックに九条の跨道橋へ向かって遠ざかっていく市電を「手巻き連写」した。

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その後、折り返して三十三間堂前へ移動。夕闇が迫る中、ここにも多くの人がカメラを構えていた。

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このとき、巻き上げレバーが右下に付いているフジカ35Mというレンズシャッターのカメラを使っていたが、シャッターを切る度に、器用に小指で巻き上げて連写していた。

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秋の夕暮れは早い。どんどん暗くなり、ASA(ISO)100のフィルムでは次第に撮影が厳しくなってきた。絞りは開放のf2.8、シャッタースピードは1/50、1/25…という感じになってブレた写真が増えてきていたが、もちろん撮影している時には、今のデジカメと違って、どういう結果(写り)になっているのかは分からなかった。

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これ以降もシャッターを切り続けていたが、露出不足でとても見られたものではなかった。

真っ暗になり、もはや撮影のしようもなくなってから、とりあえず、みんなで家に帰った。が、朝を逃した分、自分は最終電車を撮りに行く予定だった。幸い、翌日は日曜日で学校は休みである。
 しかし、当時は午後9時頃に寝ていた小学生の自分には、最終電車の来る時間まで起きていることは出来ず、母親に夜中11時になったら起こしてと頼んでから、一旦は床に就いた。

夜中の11時、母に起こしてもらうが、熟睡していた自分は、なかなか目を覚ますことが出来なかったらしい。
 眠い目をこすりながら、父と一緒に最寄りの電停まで歩いて行った。

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もはや日付が変わり、10月1日になっていたのだが、最終電車の来る前に、次々と満員の市電が姿を見せていた。自分のカメラのフィルムが終わってしまっていたので、父の一眼レフカメラを借りていたのだが、寝ぼけていたのか、シャッタースピードの設定を間違い、フラッシュが同調しないままの撮影になってしまっていたが、そうとは知らず、シャッターを切り続けていた。

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京都市交通局のクルマが先導していたので、今度こそ最終電車かと思ったが、最終電車にあるべき赤い字の「終」マークの系統板が見当たらなかった。当時、毎年のように市電の路線が廃止になっていたが、最終電車には決まって(最終電車を示す)赤い字の「終」マークの系統板が掲げられていたのを知っていた。

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もう来ないのかも、と思って諦めかけていたが、遠くに数多くのヘッドライトが見えてきた。恐ろしい数の自転車やバイクと並走しながら、本物の「最終電車」がやって来た。市電の後ろには、クルマもいっぱい付いて来ていた。

ちなみに自分の記憶では、他にも人を載せず、車内灯も付いてない真っ暗な回送電車が何本か通ったように思う。それが最終電車の前だったのか、後だったのか…あの日から43年が過ぎた今、若い頃は抜群に記憶力の良かった自分でも、もう分からなくなってしまった。

 

鉄道関連ニュース

京都新聞の撮り鉄カメラマン“カジやん”が、1978(昭和53)年から現在に至るまで、京都を中心に日本全国で撮影した鉄道写真を紹介します。

注*掲載写真の中には、現在は地形などの変化で撮影することができない場所や、撮影対象そのものが存在しなくなったものも含まれます。必ずしも現状とは一致しませんので、あらかじめご了承ください。