1983年9月23日(金・祝) 東海道線・山崎-高槻

1983(昭和58)年9月の初め、北海道の宗谷岬の北、樺太との間のソ連領内で大韓航空機撃墜事件が起きて、大騒ぎになっていた頃の話。
 彼岸の真っ只中である秋分の日の9月23日、東海道線の山崎-高槻間へ撮影に出掛けた。この年の秋は秋雨前線の活動が活発で、9月後半は雨ばかりだったが、この日も朝からどんよりと曇って、蒸し暑かった。

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京都府内にある山崎駅を出て、すぐに大阪府内に入り、歩くこと20分ほど、周りに田園風景が広がる撮影ポイントに到着すると、すぐに上り大阪行きの寝台特急「日本海」がやって来た。

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今では住宅やマンションが立ち並び、島本駅まで開業して風景は一変してしまっているが、当時はまだ田畑が広がっていた。

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特急「はまかぜ」や「あさしお」はキハ82系からキハ181系に置き換えられていたが、なぜか大阪から山陰地方の日本海側を縦断して博多まで結ぶ特急「まつかぜ」は、この時もキハ82系が最後の活躍をしていた。先頭車の次がグリーン車で、その次の3両目には食堂車の姿も見える。

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485系のボンネット型や貫通型、非貫通型に加えて583系も活躍していた特急「雷鳥」は、まさに見飽きるほど走っていたが、ごくまれに臨時で運行されるものの中に14系客車を使ったものがあった。

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本来はコンテナ車など、高速貨物列車をけん引するために開発されたEF66だったが、この頃は2軸貨車で編成された一般貨物をけん引している姿も見られた。

京都新聞の撮り鉄カメラマン“カジやん”が、1978(昭和53)年から現在に至るまで、京都を中心に日本全国で撮影した鉄道写真を紹介します。

注*掲載写真の中には、現在は地形などの変化で撮影することができない場所や、撮影対象そのものが存在しなくなったものも含まれます。必ずしも現状とは一致しませんので、あらかじめご了承ください。