1979年9月24日(月・振替休日) 北陸線・新疋田-敦賀

1979(昭和54)年の9月は、2回の連休があった。15日(土)「敬老の日」と16日(日)、23日(日)「秋分の日」と24日(月・振替休日)である。当時、土曜日は学校が休みではなかったので、子どもたちにとって連休が2週も続けてあるのは、色々と遊びに行けることを考えると貴重な機会でもあった。

その後半の連休、最後の休日は北陸線の新疋田-敦賀間へ撮影に出掛けた。お金が無いので、往復とも普通切符のみで、利用は当然、普通列車のみ。特急だと1時間で行けるところを2時間以上も掛かったので、自宅から始発の市バスに乗って出発しても、新疋田の撮影ポイントに着くのは午前9時近くになった。

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米原駅をちょうど午前8時に出発する旧型客車で編成された福井行き普通1247列車に乗って、新疋田駅に到着すると、すぐに上り大阪行き寝台特急「日本海4号」が通過していき、それを見送った後、てくてくと10分以上も歩いて通称「鳩原(はつはら)ループ」の撮影ポイントに向かうことになる。この日も撮影ポイントに着くと、すぐに上りの普通列車がEF70けん引で目の前を通過して行った。

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EF81-104号機の一般貨物列車がやって来た。先頭の104号機は、その後、トワイライトエクスプレスの専用機に選抜され、車体も塗り替えられて華々しく活躍したが、2013年に廃車となっている。

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かつて、米原で新幹線と接続して北陸方面とを結んでいた特急「加越」がやって来た。当時は、日本の特急の中で最短の7両編成だったが、その後、国鉄がJRになってからは3両編成とか2両編成という短い編成の特急も現れ、今となっては7両でも長い方である。しかし、当時は、本線を走る特急電車と言えば食堂車にグリーン車2両を組み込んだような12両編成ぐらいが普通であった。

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下りの特急「しらさぎ」(右)と上りの特急「雷鳥」がすれ違う。北陸方面の特急は485系ばかりだったが、「しらさぎ」「加越」は、京都では見ることが出来ない存在だったので、見飽きた「雷鳥」よりは撮影する「価値」があった。

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特急と並行して、まだまだ急行も走っていたが、大阪から米原を経由して北陸方面に向かう急行「ゆのくに」は、1往復だけディーゼル車のキハ28・58系で運転されていた。しかし、残念なことに、こちらにはヘッドマークが無かった。

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EF81けん引の一般貨物列車が姿を見せた。今では貨物列車と言えばコンテナ車ばかりだが、当時は多種多様な貨車が混結されているのが普通だった。

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大阪から14時間かけて青森まで走る特急「白鳥」がやって来た。当時でも、大阪から青森まで通しで乗る乗客は、ほとんどいなかった。

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475系の急行「くずりゅう」が姿を見せたが、当時の自分は「くずりゅう」が何を意味するのか分からなかった。九頭竜川の「くずりゅう」だと知ったのは、高校生になってからのことだった。

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EF70けん引の旧型客車で編成された普通列車がやって来た。EF70は、1961(昭和36)年から1965(昭和40)年にかけて81両が製造された交流電気機関車で、主に北陸線で使われていたが、湖西線が開業した1974(昭和49)年以降、大阪に直通する貨物列車が、みな機関車の付け替えを必要としない交直流電気機関車であるEF81になってしまったため、製造から僅か10年ほどで余剰が発生してしまい、1980(昭和50)年には21両が九州方面に転属したものの、現地でも持て余されて僅か2年後に運用離脱。北陸本線に残った車両も、1985(昭和60)年になると大半が運用を離脱してしまった。その後、一部で直流化改造を行って、東海道線で使うという話も出ていたが諸事情で見送られてしまい、結局、多くはそのまま廃車となった。実働年数は20~25年ほどしかなく、「悲運の機関車」の一つに数えられている。

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EF81-111号機がけん引する一般貨物列車が姿を見せた。当時、北陸線を走っている貨物列車は、ほとんどが大阪方面行きだったので、EF70がけん引する貨物列車というのは見たことが無かった。

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583系の上り大阪行き特急「雷鳥」がやって来た。特急ではあるが、寝台兼用の車両だったので、座席は急行みたくボックス席になっており、乗客には不評だったようだ。

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お昼を過ぎて、新疋田駅に戻ると、ちょうど上りの急行「くずりゅう」がやって来た。新疋田駅には停車しないので、真ん中の通過線を走って行った。

京都新聞の撮り鉄カメラマン“カジやん”が、1978(昭和53)年から現在に至るまで、京都を中心に日本全国で撮影した鉄道写真を紹介します。

注*掲載写真の中には、現在は地形などの変化で撮影することができない場所や、撮影対象そのものが存在しなくなったものも含まれます。必ずしも現状とは一致しませんので、あらかじめご了承ください。