1993年12月29日(水) 野上電鉄

和歌山県には意外と言っては失礼だが、いくつものローカル私鉄が存在していた。その中の一つが、紀勢線の日方駅(海南市)から登山口駅(野上町、現紀美野町)を結ぶ野上電気鉄道(=以下、電鉄と略す)である。

大正時代に軽便鉄道として開通した路線だが、当初は高野山まで延伸する計画があったが、立ち消えになり、戦後のモータリゼーション進展に伴い、いったんは1971(昭和46)年に全線廃止を決めた。ところが、その後、オイルショックにより鉄道見直しの機運が高まり、廃止が撤回されたという経緯がある。

しかし、ワンマン化といった合理化施策をしなかったばかりか、大手私鉄の傘下に入るようなこともなく、国や地元自治体の補助金頼みの経営になってしまった。批判を浴びる中、廃止反対の運動も起こったが、1993(平成5)年には全線廃止が決まってしまった。

1993年12月末、和歌山へ行く用事があったので、立ち寄ってみることにした。

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奈良経由で和歌山に向かい、ようやく野上電鉄の線路が見えてきた時のこと。線路沿いをクルマで走っていると、急に踏切の警報音が鳴り始め、ゴトゴトという音が聞こえて1両編成の電車が姿を現した。

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別の場所でカメラを向けてみる。線路の状態が悪いらしく、かなり横揺れしながら走ってきた。

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翌年3月いっぱいでの廃止が決まっていたが、他にカメラを構えている人の姿は全く見当たらなかった。

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終点の登山口駅に立ち寄ってみたが、駅員はおらず、乗客の姿も無かった。

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構内には使われなくなった車両が放置されており、車体にはコケが生えていた。

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留置車両の先にある車止めの反対側には、かつて延伸計画があったことで、線路用地と思わしき敷地が続いていた。1本だけ架線柱らしきものもあったので、以前はもう少し先まで線路があったのかもしれなかった。

京都新聞の撮り鉄カメラマン“カジやん”が、1978(昭和53)年から現在に至るまで、京都を中心に日本全国で撮影した鉄道写真を紹介します。

注*掲載写真の中には、現在は地形などの変化で撮影することができない場所や、撮影対象そのものが存在しなくなったものも含まれます。必ずしも現状とは一致しませんので、あらかじめご了承ください。