1979年8月 伯備線~山陰線の旅

1979(昭和54)年の夏は、1学期が終わって夏休みに入った途端に梅雨明けして、京都では連日、35℃前後の日が続いた。
 しかし、今と違って朝夕は涼しく、熱帯夜になることは殆ど無かった。当時は夏休みに入ると、よく親に「涼しい朝のうちに勉強しとき(=勉強しなさい)」と言われたものだったが、真夏になると熱帯夜ばかりになった今では、もはや朝から暑くなってしまっている…。

この年の夏休みは、8月初めから母方の実家がある岡山・倉敷に滞在していた。お盆を迎えてから父も合流して、帰り道に山陰方面へ旅行することになっていた。

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岡山駅で、伯備線の特急「やくも」を待っていると、向かいのホームにDE11がけん引する旧型客車の普通列車が入線してきた。ホームに入ると、先頭のDE11は切り離されたので、列車は逆方向である山陽線の下り方面へ向かうようだった。

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キハ181系で編成された特急「やくも」が入線してきた。当時、この「やくも」は運行本数が多いことで「L(エル)特急」に指定されており、その中では唯一の気動車で編成された特急だった。

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食堂車(キサシ180)も組み込まれており、昼食にカレーライスを食べたのを覚えている。

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途中で停車した備中高梁駅で、窓から見えた駅名標が、妙に美しい手書き(?)だったので、つい写真を撮ってしまった。

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倉吉駅で下車すると、キハ82系で編成された大阪行きの特急「まつかぜ」が姿を見せた。写真をよく見ると、隣には貨物列車が停車していた。当時、山陰線には、ごく普通に貨物列車が走っていたので、ちっとも珍しくなく、そちらの写真を撮っていなかったのが惜しまれる。

ちなみに倉吉駅から出ていた倉吉線には、当時、客車と貨車を混結した珍しい「混合列車」がまだ通常の列車として運転されていた。

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その後、カラーフィルムに詰め替えたところで、キハ82系の特急「あさしお」を撮る。当時、「あさしお」は運転区間がバリエーションに富んでいて、鳥取発着や倉発着のものもあれば、豊岡から綾部まで宮津線経由で天橋立や舞鶴を通るという「遠回り」するものまであった。

京都新聞の撮り鉄カメラマン“カジやん”が、1978(昭和53)年から現在に至るまで、京都を中心に日本全国で撮影した鉄道写真を紹介します。

注*掲載写真の中には、現在は地形などの変化で撮影することができない場所や、撮影対象そのものが存在しなくなったものも含まれます。必ずしも現状とは一致しませんので、あらかじめご了承ください。