1987年5月28日(金) 近鉄・京都駅

鉄道を利用して、京都から大阪へ出掛けるには、JRか阪急、京阪のどれかを利用する人がほとんどだろう。実は、もう一つルートがあって…近鉄でも行けるのだが、奈良経由で時間が掛かることもあって、割合で言えば1%にも満たないかもしれない。

その近鉄には、当時、京都から奈良経由で大阪・難波を結ぶ特急も走っていたのだが、それを知る人はほとんどいなかったと思う。

南河内にある大学に通っていた自分は、京都から大阪まで近鉄を利用していた。その方が定期券が1枚で済む上に、遠距離なので割引率が高く、格安だったこともある。
 ただ、大阪と言っても南の方なので、そのルートは京都から橿原神宮前まで一気に南下してから、(近鉄南大阪線を利用して)西の方に向かうというものだった。あと、大学に通い始めた当初は、京都市営地下鉄が竹田まで延伸開業していなかったため、京都駅で近鉄に乗り換えていた。

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近鉄の京都駅からは、橿原神宮前まで行くのに、1時限目から講義がある時には、(少しでも寝坊しようと)ぜいたくにも特急に乗車していたが、その他の場合は、いつも急行に乗っていた。橿原神宮前行きの急行は、当時は特急と同じく1時間に1本しかなかった。そんな大学への行き帰り、京都駅でちょっと撮影することもあったが、近鉄は使用車両がバラエティに富んでいたので、撮影も退屈せずに済んだ。この日は、まず12400系「サニーカー」が姿を見せた。

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京都市営地下鉄の竹田延伸に合わせて、デビューしたばかりの3200系は、当時はまだ4両編成だった。その後、中間車2両が増結され、6両編成となって、地下鉄へ乗り入れるようになった。

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近鉄京都線の普通や急行運用には、主に8000系が使われていて、それこそ見飽きた存在だったが、ちょうどマルーン1色だった車体が2色塗りに変わっていた時期でもあった。

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塗り替えられていない、従来のマルーン1色の8000系も、まだ走っていた。珍しく「貸切」のマークを付けた臨時電車が姿を見せた。当時、修学旅行生は、ほとんどの場合で特急を利用していたが、遠足などでは一般車両を貸切にして臨時便で走るケースもよく見られた。

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特急の京都行きが姿を見せた。この折り返しが、どこへ行くかと言えば…

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前述の京都発、大阪・難波行きの特急だった。京都を出発した後、次の停車駅である奈良の西大寺で方向転換して、今度は大阪の難波に向かう特急だったが、京都から難波まで1時間かかる上に、乗車券とは別に特急料金まで必要とあって、当時でも利用者は少なく、一日に3往復しかなかった。

この大阪難波と京都を結ぶ特急は、1992(平成4)年3月に廃止となってしまい、今では見ることも利用することも出来なくなった。

京都新聞の撮り鉄カメラマン“カジやん”が、1978(昭和53)年から現在に至るまで、京都を中心に日本全国で撮影した鉄道写真を紹介します。

注*掲載写真の中には、現在は地形などの変化で撮影することができない場所や、撮影対象そのものが存在しなくなったものも含まれます。必ずしも現状とは一致しませんので、あらかじめご了承ください。