1987年3月28日(土) 京都駅

国鉄が民営化されることが決まった頃、一方では依然として民営化に反対する運動は全国で続いていた。
 そのせいかどうか分からないが、国鉄時代の末期は、鉄道ファン向けのイベントが盛んに行われたり、普段はヘッドマークの付かないような列車にもマークが掲げられたりしていた。

そして、いよいよ国鉄がJRに変わる直前には、国鉄を惜しむイベントがあちこちで行われた。

1987(昭和62)年3月末、関西では大阪鉄道管理局が主催して、茶色に塗られたEF58-150号機が旧型客車5両と復活したばかりのマイテ49展望車からなる編成を引っ張る「すきやねん国鉄 ご愛顧感謝号」という列車を、土日の週末2回に渡って運行されることとなった。

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最初の週末は東海道線の山崎-高槻間へ撮影に行ったが、2週目の週末は京都駅へ行った。1番ホームの西端に陣取っていると、珍しく湘南色の113系が1番ホームに入って来た。当時、滋賀県彦根市の彦根城で、「世界古城博覧会」が行われており、それに合わせたヘッドマークが付けられていた。

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この頃は、昼間にも貨物列車がけっこう走っており、EF65一般型、EF65PF、EF66など、多様な電気機関車が活躍していた。

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向かいの2番ホームには、ひっきりなしに113系の快速が姿を見せていたが、その多くで「古城博」のヘッドマークが付いていた。

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北陸方面へ向かう特急「雷鳥」も、同じ485系とはいえ、ボンネット型や貫通型、非貫通型など、一応バラエティには富んでいた。

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ようやく茶色のEF58-15Oが姿を見せた。一般型の旧型客車が連なった最後尾に1等車の展望車が連結されていたが、現役時代だったら、ほぼ有り得ない編成ではある。

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最後尾のマイテ49には「つばめ」のテールマークが輝いていたが、この4日後に京都駅で再会した時には「さようなら国鉄」に変わっていたのだった。
 

京都新聞の撮り鉄カメラマン“カジやん”が、1978(昭和53)年から現在に至るまで、京都を中心に日本全国で撮影した鉄道写真を紹介します。

注*掲載写真の中には、現在は地形などの変化で撮影することができない場所や、撮影対象そのものが存在しなくなったものも含まれます。必ずしも現状とは一致しませんので、あらかじめご了承ください。