1981年3月31日(火) 京都駅

1981(昭和56)年の春休みは、中国地方へ撮影旅行に行くことにしたが、どうやって行くか考えた末、わざわざ寝台特急を利用することにした。
 深夜の午後11時52分に京都駅に停車する、熊本・長崎に向かう寝台特急「みずほ」に乗って、僅か4時間余りの乗車で、広島駅で下車するという、強行スケジュールを組んだ。

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早めに京都駅に行ったが、もちろん、それは他の列車をついでに撮影するためだった。早速、1番ホームに行くと青森行きの寝台特急「日本海」が止まっていた。

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続いて、上りの寝台特急「出雲」が姿を見せた。京都駅ではDD51からEF65への機関車付け替えがある。

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DD51が開放され、先頭車のスハネフ14が姿を現した。ディーゼル機関車が離れていったが、同じようなエンジン音が引き続き聞こえてくるのは、スハネフ14の床下にディーゼル機関による電源装置が付いているからだった。

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合間をぬうようにして、荷物列車の発着もあった。

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続いて、長野行きの夜行急行「ちくま」が姿を見せた。12系の座席車に20系の寝台車を併結するスタイルだった。

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多くの東海道線の上り優等列車は、京都駅1番ホームを使っていたが、一部は2番ホームにも入線していた。臨時急行「銀河52号」が珍しくEF58けん引で姿を見せた。

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1番ホームで新潟行き寝台特急「つるぎ」を見送った後、6番ホームへ移動する。

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東京から九州に向かうブルートレインのトップバッターは、長崎・佐世保行きの寝台特急「さくら」だった。

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続いて、西鹿児島行きの寝台特急「はやぶさ」がやって来たが、「さくら」より1両分編成が長いためか、いつも先頭の機関車の停止位置が少し前になっていて、35mmの広角レンズではヒキが足らずに、パンタグラフか足回りが画面をはみ出してしまっていた。

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そして、次に熊本・長崎行きの寝台特急「みずほ」がやって来たので、それに乗り込む。まず最初に撮ったのは…当時、憧れだったブルートレインの食堂車の車内だった。
 結局、東京発のブルートレインにだけ残っていた食堂車を利用することは一度も叶わないまま廃止になってしまい、この時の12年後にトワイライトエクスプレスで利用するまでチャンスが無かったのだった。

京都新聞の撮り鉄カメラマン“カジやん”が、1978(昭和53)年から現在に至るまで、京都を中心に日本全国で撮影した鉄道写真を紹介します。

注*掲載写真の中には、現在は地形などの変化で撮影することができない場所や、撮影対象そのものが存在しなくなったものも含まれます。必ずしも現状とは一致しませんので、あらかじめご了承ください。