1978年3月12日(日) 京都駅

1978(昭和53)年春の頃、当時小学生だった自分は、カメラを手に同級生たちと何度も京都駅を訪れては、入場券を買って駅構内に入り、撮影に明け暮れていた。まだ子ども料金だったので、入場券は60円しか掛からず(しかも当時は時間無制限)、京都駅までの市電も片道50円だったので、合計160円で済み、小学生の小遣いでも月に何度か通うことが出来た。

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この日は、京都駅1番ホームに上り荷物列車が止まっており、機関車の交換が行われていた。SG(蒸気暖房装置)の白い煙を履きながら、EF58の初期型である4号機が、いままさに連結されようとしていた。

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隣には、草津線直通の旧型客車の回送列車が停まっていた。先頭にはDD51の1043号機がいたが、この機関車は、今では山口線でSL列車の補機や緊急時用の機関車として健在である。

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荷物列車のEF58がSGの白い煙を吐きながら京都駅を出発していった。その向こう側には、京都駅6番ホームに進入する急行「ゆのくに」の姿が見えた。

この京都駅1番ホームの東端には、関西地区で多く見かけられた「信号柱」があった。この信号柱は、関西地区では東海道線を中心に数多く存在していたが、次々と撤去されていき、現在では数少なくなり貴重な存在である。

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1番ホームの西端にある山陰線ホームに行くと、いつもはキハ47系ばかりの普通列車に、珍しくキハ20が姿を見せていた。

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すぐ横の1番ホームに、定番の485系の特急「雷鳥」が滑り込んできた。当時は見飽きるほど走っていた485系のボンネット型(=0番台)で、逆に当時は最も新しい存在だった非貫通の300番台の方に興味があったものだった。

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つづいて、1番ホームに急行「立山」がやって来た。当時は特急「雷鳥」を補完する列車だったが、ダイヤ改正の度に特急に格上げされていき、遂には姿を消してしまった。今では急行列車そのものまで国鉄→JRの路線から姿を消してしまっている。

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6番ホームを見に行くと下り荷物列車が止まっていた。先頭にEF58の2号機の姿があったが、ナンバーの位置が偏っていたのが気になった。

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隣の7番ホームに、489系の特急「雷鳥」がやって来た。先頭には、国鉄で日本一の急勾配区間だった横川-軽井沢間を通過する際に補機と連結するための連結器がむき出しになっていたが、冬季のためか、ビニールカバーが掛けられていた。

京都新聞の撮り鉄カメラマン“カジやん”が、1978(昭和53)年から現在に至るまで、京都を中心に日本全国で撮影した鉄道写真を紹介します。

注*掲載写真の中には、現在は地形などの変化で撮影することができない場所や、撮影対象そのものが存在しなくなったものも含まれます。必ずしも現状とは一致しませんので、あらかじめご了承ください。