2013年3月2日(土) 京阪電鉄3000系特急「テレビカー」

京阪電鉄の特急と言えば、自分が物心がついた時から、その代名詞が「テレビカー」だった。
 しかしながら、尼崎の武庫之荘に祖父母が住んでいたこともあり、京都から大阪・神戸方面へ行く際には、我が家では阪急を利用することが多く、京阪特急の「テレビカー」に乗る機会は、なかなか無かった。

初めて乗った時、わざわざテレビが設置されている車両に乗り込んだが、意外と画像の乱れが多くてガッカリしたのを覚えている。でも、車中でテレビが見られる…というのは、当時としては画期的なことではあった。

しかし、20世紀の終わり頃からの世の中の移り変わりは早く、まずはクルマでテレビを見ることが出来るようになるのが当たり前になり、その後、携帯電話のワンセグでテレビを見ることが出来るようになったり、スマートフォンで手軽に情報に接することが出来るようになるに至って、「テレビカー」のステータスは一気に下がってしまった。かつては一編成に複数のテレビ設置車両があったが、次第に設置車両が減っていき、最後には一編成に一両=一台となっていた。

その「テレビカー」の代名詞でもあった、京阪電鉄の特急専用車の3000系(→後に8000系30番台に改番)が姿を消すことになった。
 1971(昭和46)~73(昭和48)年に製造された3000系は、長く特急で活躍していたが、時代が平成に変わった1989(平成元)年から新型の8000系との置き換えが進行し、一編成を残し姿を消してしまった。残った一編成は、その後、8000系30番台に改番されて活躍を続けていたが、2013(平成25)年3月31日をもって引退することとなった。

廃止直前の3月初旬、宇治川・木津川・桂川が合流して淀川になる「三川合流」のスポットへ撮影に出掛けた。この辺りの京阪線は、鉄橋が相次ぎ、格好の撮影場所である。

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まずは、カメラポジションの確認で、2600系を撮影。京阪と言えば、一般車両は黄緑と濃緑の2色塗りが定番だったのに、いつの間にか白と緑の塗り分けに変わっていた。

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旧3000系を置き換えたのが、この8000系である。8000系には、テレビを搭載した車両を連結していたこともあったが、自分にとって「テレビカー」と言えば、この車両のことではない…。

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中之島新線が開業した際に登場したのが、この新3000系である。こちらの車両は、特急に使われていると言えど、テレビを搭載したことは無い。
 この頃になると、周囲にカメラを手にした人の姿が増えていたが、必ずしも全員が鉄道ファンという訳ではなく、中には近所の沿線に住んでいるという人たちも、噂を聞きつけて自転車に乗って撮影に来ていたのだった。

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そして、ついに旧3000系が姿を見せた。自分が小学校に入る前から40年に渡って走り続けていた、まさに京阪特急=テレビカーの最後の勇姿を見せてくれた。

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中間には、デビュー当時には思いもよらなかったであろう、2階建て車両が連結されていた。

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その後、3週間余りの日が過ぎて、旧3000系の運行最終日となる3月31日、出町柳駅を訪れた。(出町柳駅に到着した)最終電車がホームに進入してくると、ホームにいた運転士さんが敬礼で出迎えていたのが印象的だった。

鉄道関連ニュース

京都新聞の撮り鉄カメラマン“カジやん”が、1978(昭和53)年から現在に至るまで、京都を中心に日本全国で撮影した鉄道写真を紹介します。

注*掲載写真の中には、現在は地形などの変化で撮影することができない場所や、撮影対象そのものが存在しなくなったものも含まれます。必ずしも現状とは一致しませんので、あらかじめご了承ください。