かつて、京都と幡生(山口県)の日本海側を結ぶ山陰線は、ディーゼル機関車と客車の王国だった。もちろん、それ以前はSL=蒸気機関車の独壇場でもあった。
京都発-出雲市行き、門司発-福知山行きといった長距離を走る鈍行列車も多数運転されており、鉄道ファンであり作家の宮脇俊三が「偉大なるローカル線」と評したことでも知られている。
世の中が1980年代の半ばを過ぎ、昭和60年代に入っても、まだその雰囲気は残っていたが、着実に「近代化」の波は押し寄せていた。
そして、遂に1986(昭和61)年の10月いっぱいで、旧型客車が山陰線から姿を消すことになった。最後まで残っていたのは、福知山-出雲市(島根県)の区間だった。
福知山から鳥取行きに乗り込む。同じように別れを惜しみ訪れた鉄道ファン(乗り鉄)の姿が目立っていた。
豊岡駅の広い構内に、停車中だった貨物列車の背後に、一足先に役目を終えた旧型客車群が大量に留置してあるのが車窓から見えた。
城崎駅で一休み。
各駅停車なので、のんびりとした旅である。通しで乗っている人は、物好きな鉄道ファンだけで、乗客の多くは短区間の利用で、少し大きな駅に停車する度にがらりと入れ替わっていく。
天井に扇風機が付いていたものの、エアコンなど付いていない古い車両だが、走り始めれば、開け放たれた窓やドアから、客車特有の「カタタン・カタタン」という軽い走行音と共に、心地よい風が車内を吹き抜けていった。
単線なので、何度も列車交換(すれ違い)のため停車する。しかし、停まるのは駅だけではなく、信号場と呼ばれる駅ではない場所での交換もある。珍しく、ブルートレイン20系客車を使用した団体列車とすれ違った。
もちろん、特急列車との交換や、追い越しもある。急いでいる乗客には、イライラする出来事ではあるのだが、のんびりと旅している鉄道ファンにとっては、いちいち停まるのは「何とすれ違い?」「何に追い抜かれるの?」という楽しみがあるので、むしろ楽しみでもあった。
車内が次第にガラガラになってきた。
同じ旧型客車の鈍行とのすれ違い。
餘部鉄橋を渡る列車。自分は高所恐怖症なので、上から下を見るには勇気が必要だった…。
非電化区間には珍しい、高架の鳥取駅に到着。
鳥取駅のホームでは、結婚式と披露宴を終えたばかりの夫婦が、新婚旅行でハワイ旅行に行くため、鳥取発-新大阪行きの特急に乗り込もうとしているシーンに出会った。披露宴でお酒を飲んでいたのか、顔を赤らめた人たちに祝福され、なぜか「バンザーイ」の声が響く中、特急が出発していくのを見送った。
注*掲載写真の中には、現在は地形などの変化で撮影することができない場所や、撮影対象そのものが存在しなくなったものも含まれます。必ずしも現状とは一致しませんので、あらかじめご了承ください。