1985年1月22日(火) 京都駅

1985(昭和60)年1月末、3月に廃止を控えた山陰線の夜行寝台普通列車「山陰」の写真を撮りに出掛けた。
 ちょうど大学受験の時だったが、当時の共通一次テスト(=この年は1月26・27日にあった)は受けないことを決めていたし、進学を希望していた芸大を2校受けるうちの1校の入試は既に終わっており、もう1校の入試まで1ヶ月以上も間が空いていた。3学期は実質2週間ほどしかなく、期末考査(テスト)も終わるところで、多くの同級生が受験のピークを迎えている時に、呑気に過ごしていた自分ではあった。

19850122-3

期末考査の最終日、開放感に浸りながら、夜になって向かった京都駅の山陰1番ホームに到着すると、既に「山陰」は入線していた。
 10系客車の寝台車オハネフ12も、これで見納めになるだろうと思い、シャッターを切った。

19850122-4

DD51を先頭に入線してきたので、到着すると、すぐに機回し作業が行われ、今度は出発する側に機関車が付け替えられた。

19850122-1

左側に京都中央郵便局が見えているが、この頃には山陰線ホームの北側にある郵便局前の側線での郵便・荷物の積み下ろし作業はされていなかった。初めて京都駅に撮影に来た1978(昭和53)年1月の時には、まだ作業が行われていたので、この間に廃止になったのだろう。

19850122-2

蒸気暖房を使っているので、10系客車の床下から白い蒸気が漏れて立ち上っていたが、長時間露光で撮影すると流れてしまって、あまり写らなかった。

19850122-5

見送る人も見られず、静かに終点の出雲市に向かって、「山陰」が発車していった。
 ただの「普通列車」が姿を消すだけのことなのだが、少し前まで夜行の普通列車が全国各地にあった中で、ダイヤ改正が行われる度に次々と廃止されていた時のこと。その都度、「時代の流れ」とか「スピード化時代に取り残された」といった文言が聞かれていたものだった。

当時も、この流れだと、いつかは夜行列車そのものが無くなるかもしれないとは感じていたが、それが何年先になるのかは予想も出来なかった。
 しかし、今や、それが現実化して、残っている夜行列車は(不定期運転も含めて)片手で数えられるほどの本数になってしまった。

紙面連載

京都鉄道博物館の学芸員が車両や信号など分かりやすく紹介します。 >>

鉄道関連ニュース

京都新聞の撮り鉄カメラマン“カジやん”が、1978(昭和53)年から現在に至るまで、京都を中心に日本全国で撮影した鉄道写真を紹介します。

注*掲載写真の中には、現在は地形などの変化で撮影することができない場所や、撮影対象そのものが存在しなくなったものも含まれます。必ずしも現状とは一致しませんので、あらかじめご了承ください。