1980年2月11日(月・祝) 山陽線・須磨-塩屋間・その2

1980(昭和55)年の2月11日「建国記念の日」は、日曜日に続いて連休になる祝日だった。珍しく父が神戸市の須磨までカレイ釣りに連れて行ってくれたのだが、外道ばかりヒットして飽きてきた自分は、釣りを途中で止めてしまい、カメラを手に、すぐ横を走る山陽線の列車を撮りに行った。

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この頃、昼間にも結構な数の貨物列車が走っており、その殆どがEF65一般型か、EF60のけん引だった。当時の貨物列車は、コンテナ車と2軸貨車が混ざっていたり、有蓋車と無蓋車が混ざっていたりというバラエティに富んだ編成ではあったが、まさに飽きるほど走っていて、シャッターを押す気にもならなかったものだ。
 ただ、新たな撮影場所に行った際には、とりあえず何本かは撮影するようにはしていた。

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そんな中、真っ黒なEH10がけん引する貨物列車が姿を見せた際は、必ずシャッターを切っていたが、当時は既に淘汰が進んでいる状況で、次第にその姿を見ることが無くなってきていた。

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当時、関西と九州を結ぶ夜行列車は、特急だけでなく急行も含めて、数多く走っており、ラッシュタイムが過ぎても、まだ上り列車が姿を見せていた。客車であるブルートレインに混じって、583系の電車寝台の方も、まだ何本も走っていた。

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快速は湘南色の113系、普通はスカイブルーの103系が、こちらも見飽きるほど走っていたが、貨物列車と同じく、最低でも1本は撮影していた。

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新快速の方は、デビューしたばかりの117系に混じり、まだ旧型の153系ブルーライナーも数多く走っていた。朝夕のラッシュタイムには、新快速用の6両編成を2つ繋げて、12両編成となって快速で運用されていた。
 今、こうして振り返ってみると、これら旧国鉄の車両たちの殆どが姿を消してしまっていて、もはや鉄道博物館とかで見るモノとなってしまっていることに、過ぎ去った年月の長さを感じずにはいられない。

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