1987年6月5日(金) 丹波口駅

1987(昭和62)年の4月、新年度が始まり、大学の前期に制作するテーマを決めなくてはならなくなり、その対象として最後の活躍をしていたJR山陰線の客車列車を牽引するDD51型ディーゼル機関車を追うことにした。
 このとき、ヒマさえあれば山陰線に足を運ぶ日々が続いた。

この年の6月、「空梅雨」気味で晴れの日が多かった。そんな初旬のある日、夕方のラッシュタイムに丹波口駅を訪れた。

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今とは違い、電化もされてなかったおらず、複線でも無かった当時、基本的に列車の本数は少なく、代わりに1本あたりの編成両数が多かった。

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入場券を購入し、ホームに上がると、ちょうど京都行きの特急「あさしお」がホームに停車していた。

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今度は反対向きで、福知山行きの客車列車が姿を見せた。

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なぜか最後尾にもDD51がぶら下がっており、プッシュプルみたいな感じになっていた。

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ほどなく、上りの客車列車もやって来て、奇しくも上り・下りでDD51が並ぶこととなった。

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先ほど、京都駅へ向かって走り去った「あさしお」が、折り返して再び丹波口駅にやって来た。
 丹波口駅の京都寄りは、見た目は複線のようになっていたが、距離にして1kmに満たないような少し先で大阪方面行きに分岐する地点までの区間だった。この僅かな複線区間でのすれ違いは、基本的には無かった。

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キハ47系の普通も設定されていたが、ラッシュタイムだけは長い編成を組んだ客車が、まだまだ幅を利かせていた。

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