1978年11月23日(木・祝) 東海道線・神足-山崎

京都市内の紅葉と言えば、今では11月下旬から12月初めぐらいが見頃であることが多いが、自分が子どもだった頃は、もう少し早かったように思う。
 気になったので調べてみれば、1977(昭和52)年と、その40年後の2017(平成29)年を比べてみたら、気温は明らかに平均値として高くなっていたが、どちらかと言えば、最低気温の方が最高気温よりも高くなっている傾向にあった。要は年々「冷えにくくなっている」ということなのだろうか。

釣りの趣味もあるので、長らく海に通っているが、明らかにこの10年余りの間で、一番寒い時期の若狭湾での海水温は上がっていて、数字で見ると1℃以上も上昇している。
 かつて、若狭湾に於ける真冬の海水温と言えば、いつも10℃を切っていたものが、今では10℃を切ることが殆どないのである。最低水温が13℃あると、サンゴが生息することが出来るのだが、日本海側のサンゴは年々北上を続けていて、今では兵庫県の但馬辺りまで来ている。この様子だと、あと10年もすれば、若狭湾でもサンゴが生息するようになるかもしれない。

話は戻って、モミジが紅葉するのは、最低気温が9℃を下回るかどうかが目安と聞いたことがある。が、年々、最低気温の平均値が上がっているとしたら、自分が子どもだった頃に比べて紅葉の時期が遅れているというのも納得が出来る。

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1978(昭和53)年の11月23日、この日は「勤労感謝の日」で祝日だったが、同級生2人と待ち合わせて、山崎まで撮影へ出掛けた。
 駅を降りて、東の方へ歩いていると、向日町運転所へ回送されるEF58けん引の14系客車急行がやって来た。

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撮影に行く場所は、ちょうど阪急京都線と立体交差している辺りだった。そこへ向かう途中、アンダークロスしている阪急京都線を、まだ新しかった6300系の特急が通過していった。

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この頃、ブルートレインは東京発着の一部を除きヘッドマークが無かった。これは、当時の国鉄の労働組合が争議を繰り返していて、その中でよく車体にペンキで殴り書きがしてあったり、毎年のようにストライキが繰り返されており、そうした環境下でヘッドマークが次々と姿を消していったという社会背景があった。EF81がけん引する大阪行きの寝台特急「日本海」にも、当然ヘッドマークは無かった。

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EF58がけん引する寝台特急「彗星」「明星」「あかつき」にもヘッドマークは無かったが、北陸方面に向かう急行「立山」「ゆのくに」だけは、なぜかまだヘッドマークを掲げていた。

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東海道線の貨物列車では、まだ真っ黒なEH10が最後の活躍をしていたが、北陸方面に向かう貨物列車の先頭はEF81が多かった。

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寝台電車である583系は、当時は寝台特急「明星」「彗星」「なは」で見られる一方で、北陸方面へ向かう特急「雷鳥」にも使われており、西に東に大活躍していた。

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キハ82系は、まだ特急「はまかぜ」や「まつかぜ」で活躍していて、大阪から山陰線経由で博多まで向かう「まつかぜ」には食堂車も連結されていた。

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注*掲載写真の中には、現在は地形などの変化で撮影することができない場所や、撮影対象そのものが存在しなくなったものも含まれます。必ずしも現状とは一致しませんので、あらかじめご了承ください。