鉄道車両と言えば、古くなれば廃車になるが、当然のことながら、新しく製造されるものもある。
そんな車両を製造しているメーカーの工場が近畿には大阪と神戸にあるので、新たに車両が製作(=新製)されると、出来上がったばかりの車両は何らかの方法で回送されることになる。
1982(昭和57)年の春休み、そんな新製車両が京都駅を通過するという情報をどこからか耳にしたので、早速、それを撮りに出掛けることにした。

京都駅1番ホームに着くと、ちょうど大阪発青森行きの特急「白鳥」が停車していた。
先頭車は、かつて北海道を走っていた485系の1500番台だった。運転席上のライトが通常の倍となる2つ付いているのと、テールランプが着雪防止のために出っ張ってるのが特徴だ。

ほどなく、浜松機関区に所属していて、この頃には荷物列車をけん引していたEF58型の元「お召し列車」けん引用の予備機だった60号機が姿を見せた。
「お召し列車」とは天皇陛下が地方へ出掛ける時に利用する専用列車で、昭和の時代は数多く運転されていて、専用の機関車としてEF58型の61号機が存在した。60号機は、その予備機で、茶色に塗られた車体と、サイドまで回り込んだ飾り帯が特徴だった。
しかし、60号機の方は、1973(昭和48)年にその任を外され、その後は一般機と同じように仕事をしていた。ただ、塗色は茶色のままで、飾り帯もそのままで、かつての栄光を偲ぶことが出来た。

とはいえ、この日に見た60号機は、かなり傷みが目立っていた。屋根上からは錆びた茶色の水が流れた痕跡があったし、フロントやサイドにあるナンバープレートの数字は白く塗り潰されていて、どこか見た目にも哀れだった。

向かい側の2番ホームに移動しても、まだ60号機けん引の荷物列車は発車してなかったが、間もなく汽笛を鳴らして発車して行った。
思えば、最近の列車は発車時に汽笛を鳴らさなくなった。
自分の住む家は京都駅から10km以上も離れているが、以前は静かな早朝など、よく京都駅を発車する列車の汽笛が聞こえていたものだった。
いつからそうなったのかは分からないが、昔は駅での発車時だけでなく、列車がトンネルに入る際にも律儀に汽笛が鳴っていたものだ。

続いて、宮原区所属の167系(=一部165系混結)の団体列車がやって来た。167系は元々は修学旅行専用列車として製造された車両で、カナリアイエロー(黄色)とライトスカーレット(朱色)の2色に塗り分けられた鮮やかな電車だったが、この時には既に一般化改造されて通常のグリーンとオレンジの「湘南色」になっていた。

続いて、ようやく目的の電車がやって来た。間もなく開業する東北・上越新幹線の暫定始発駅となる大宮駅と上野駅を結ぶシャトル列車用に製造されたピカピカの185系200番台で、驚くことに自走による回送だった。

特に情報を探っていた訳でもない自分にも漏れ聞こえていたぐらいなので、この日、京都駅には同じ目的でカメラを手に訪れていた鉄道ファンが他にも10人ぐらいいた。
注*掲載写真の中には、現在は地形などの変化で撮影することができない場所や、撮影対象そのものが存在しなくなったものも含まれます。必ずしも現状とは一致しませんので、あらかじめご了承ください。