1980年3月23日(日) 中央西線・80系さよなら運転

小学生になって鉄道写真を撮るようになる前、まさに物心がついた頃から鉄道そのものが好きな自分だったが、中でも湘南形と呼ばれる2枚窓のデザインが好きだった。
 その代表格が80系電車とEF58型電気機関車だった。

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だが、80系電車の方は、自分が鉄道写真を撮り始めた時期には既に次々と姿を消している時期と重なっていた。
 1980(昭和55)年の春、中央本線の名古屋側にあたる、通称「中央西線」で活躍していた80系電車も、ついにお別れの日が訪れた。

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その日、名古屋駅を訪れた。春休みに入る直前の日曜日だったが、マニアックな電車だったからなのか、思ったほど混んでなかった。
 ホームに入ってきた「さよなら電車」にも、特に並ぶこともなく普通に座れた。

車内にはニス塗りの木製座席が並んでいて、どこか歴史を感じさせた。

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この「さよなら電車」は、名古屋発で中津川行きだったが、お金の無かった自分は遠くへは行けず、まだ名古屋市内の千種駅で降車した。(注*名古屋市内なら、京都からの切符料金は変わらないため)

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本当は最後まで乗りたいのにと思いつつ、後ろ姿を見送った。

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駅では記念の乗車券を売っていたが、お金が無かったので半額になる子ども料金で購入。
 だが、このとき、記念乗車券といえど、切符を子ども用で購入すると、その一部が三角形に切り取られてしまうことを予想していなかった。硬い切符、いわゆる「硬券」で切り取られることは知っていたが…。

一部が欠き取られた記念乗車券を眺めながら、ちょっと悲しい気持ちになったことをはっきりと覚えているが、帰り道では、そんなことを忘れてしまう出来事があった。

名古屋駅から臨時急行「ちくま」+「くろよん」に乗車したのだが、先頭の自由席には自分一人しか乗客がいなかった。
 大垣を過ぎた頃、急に前方の運転席の方からゴンゴンと扉を叩く音がしたので見てみると、運転手が手招きしているではないか。

なんだろうと思って、運転席へ向かうと、重そうな扉が開き、なんと運転席に招き入れてくれたのだった。

助手席側の座席に座らされ、「どこまで行くの?」とか聞かれたのを覚えているが、子ども心にも「これは、きっといけないことをしているのだ」ということは分かっていたので、途中駅の通過時に、ホームで通過列車を見守る駅員さんに姿が見えたら具合が悪いと思い、とっさに身をかがめると「よくわかってるなあ」と言われたことも覚えている。

米原駅で運転手さんは交代するということで、その手前で運転席を出て自分の座席に戻ったが、その興奮はしばらく収まらなかった。営業運転中の急行列車の運転席に子ども(乗客)を入れるなんて、今だったら大きな不祥事だろうが、当時の自分は走行中の電車の運転席に入れたことが子ども心に大きな感動だった。

自分も子を持つ親の立場になった今、当時を振り返ると、きっとあの運転手さんは子ども好きだったのだろうと思う。

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