1990年4月1日(日) 金沢駅

大学在学中から仕事をしていて、そのまま就職活動をせずに社会人になった自分にとって、本来なら入社式のある初日。その日に、なぜかカメラを持って金沢にいた。
 いや、正確に言えば多くの会社は日曜日は休みなので、問題は無いだろう。でも、自分が最初に就職した会社は、日曜日が休みでなかったから、間違いなく「仕事を休んでいた」ことになる。それも、入社初日に…。

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時はバブル全盛期。いくらでも就職口があった時代で、同期入社も人数が多かった。いきなりクビを宣告されずに済んだのは、まだまだ色々と「余裕」があったからだろうか。
 当時、金沢駅は、将来の新幹線開通を見越して、駅の改築中で、合わせて高架化の工事も進んでいた。

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急行列車がダイヤ改正の度に特急に格上げされ、以前は急行用と言われていた車両も格下げされて普通列車に活路を求めていたが、国鉄時代末期には特急用の車両までが、その道を歩んでいた。その活躍舞台の多くが、都会ではなく地方だった。

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1990(平成2)年の春に、大阪で「国際花と緑の博覧会(=花博)」が始まった。北陸方面を走る特急も、それに合わせて臨時列車が設定され、金沢駅にも告知看板が出ていた。

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こうした「手作り感」抜群の看板は、以前は地方の駅を中心によく見かけたが、今はどうなのだろうか。

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国鉄がJRになって以降、各地で地域に合わせて車両の塗色変更が盛んに行われた。しかも、複雑なデザインの塗装が多く、それがバブルの象徴と言えるものだったのかもしれない。
 今では、逆に単調な塗色になりつつあり、JR西日本では線区ごとに一色だけという、ごく簡単な塗装になってきている。思えば、大昔は単純な一色の塗装が多くて、もっぱら太平洋戦争が終わった後に、次第にカラフルになり始めた経緯がある。そう考えると、時代は繰り返す、ということなのだろうか。

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