1995年7月 C62ニセコ号・最後の夏

1987(昭和62)年に国鉄がJRになる頃、北海道で壮大なSL復活計画が進行していた。
 かつて、C62という大型の旅客用SLが3重連して日本全国から多くのファンがカメラを手に集まった函館本線で、そのC62が復活するというのである。

復活するのは、北海道で大切に保管されていた、C62の3号機だった。

当時はバブルの真っ只中、ボランティアのような民間団体が考えたその計画に、今では考えられないほどお金が集まり、それが実現したのだった。

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1988(昭和63)年から「C62ニセコ号」として小樽-倶知安駅間で運行が始まり、その後、1990(平成2)年には小樽-ニセコ駅間に延長された。

しかし、バブルが崩壊し、次第に資金難に陥って、遂に1995(平成7)年の秋をもって運行が終了されることが発表された。

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その最後の夏、北海道を訪れたが、あいにくの雨だった。
 沿線にはカメラを手にした人の姿が目立ったが、意外にも鉄道写真とは縁遠い女性や家族連れの姿も目立っていたのは、それだけSL=蒸気機関車に対するお別れの寂しさとか何かが一般の人にもあるからだろうか。

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京都の梅小路にある「京都鉄道博物館」には、かつて函館本線でのお別れ運転で3重連した時の僚機であるC62の1号機、2号機に加えて、26号機が保存されている。2号機の方は、もっぱら構内での展示運転に限られるが、今も動態保存されている。
 1号機は広島で保存されていたものが、26号機は大阪で保存されていたものが、それぞれ諸事情で京都にやって来たものだが、いつの間にか梅小路でC62ばかりが3両も保存されていることになった。でも、遠く離れた北海道の3号機は、全国が一つの鉄道だった国鉄時代ならともかく、今となっては1号機と2号機と再会する可能性は限りなく低いだろう。

その後、各地でSLの復活運転があったが、C62ほどの大型機の復活は無い。バブルという時代だったからこそ、あの復活が可能だったのだろう。

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