1987年6月11日(木) 山陰本線・二条駅

1987(昭和62)年の梅雨は、いわゆる「空梅雨」で、殆ど雨が降らなかった。
 空梅雨だと水不足になる問題があるのだが、個人的に写真を撮る上では雨の心配をすることもなく、好都合でもあった。必然的に、この年の梅雨の時期は、よく撮影に出掛けた。

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山陰本線の二条駅は、純和風の駅舎が有名だったが、その後、高架化を機に梅小路へ移設され、今では京都鉄道博物館の一部になっている。

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駅での撮影と言えば、色々な列車が来る京都駅へ撮影に行くことが多く、二条駅へはあまり足を運ぶ機会が無かった。

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朝のラッシュタイム、京都行きのホームは列車が到着する度に多くの乗客が降りて来たが、反対の亀岡方面行きは列車を待つ人の姿は殆ど見当たらなかった。

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この頃は、まだ貨物列車が走っていた。二条駅のホームの西側には貨物用のヤードが広がり、その周辺には、赤レンガの倉庫群があった。しかし、1980年代に入り、貨物輸送がトラックに本格的に切り替わり始めて、鉄道貨物は地方を中心に衰退の一途を辿っていた。二条駅での貨物の取り扱い量も激減しており、かつては貨車が並んでいた側線もがらーんとしていた。

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普通列車は、朝夕を中心にディーゼル機関車が引っ張る客車列車がまだ数多く走っていたが、客車そのものは主に茶色の旧型から、赤や青で自動ドアが付いた新型に変わっていた。

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今では複線電化され、長くても10分ほど待てば次の電車がやってくる近郊路線に変わったが、この頃はローカルな風情が漂い、列車のことを「電車」ではなく「汽車」と呼ぶ人がまだまだいた時代ではあった。
 そして、二条駅も高架になり、地下鉄も開通し、その広々としていた貨物ヤード跡地には、マンションや飲食店・映画館の入ったビル、そして大学などが立ち並び、かつての景色とは一変してしまった。赤レンガの倉庫群も、いつの間にか姿を消していた。

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