1987年7月21日(火) 福知山線・武田尾駅

今ではトロッコ列車が行き交う京都の保津峡駅だが、以前はれっきとした「山陰本線」の線路だったので、特急や急行も通る場所だった。それが複線電化を機に新線に切り替わり、廃止された旧線がトロッコ鉄道として転用されたものだ。
 実は他にも似たような場所として、福知山線の武田尾駅がある。こちらは保津峡駅より一足早く、1986(昭和61)年の8月1日に生瀬-道場駅間の渓谷沿いを進む旧線から新線に切り替わった。大きく違うのは、旧線がトロッコ鉄道に転用されなかったことだ。

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京都で祇園祭の山鉾巡行も終わり、梅雨明けを迎えた日、大阪駅発福知山行きの客車列車に乗り込んだ。当時は宝塚までしか電化しておらず、三田や福知山へ直通する列車は、気動車か客車列車だった。

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生瀬駅を過ぎると、武庫川の渓谷沿いを進む。その光景は、山陰本線の嵯峨駅を出て保津峡へ向かうコースと似ていて、意味もなく親近感を覚えたりもした。

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武田尾駅は小さな駅だったが、近くに温泉があるようだった。乗降客は見当たらず、単線で行き違うためだけにあるような駅に見えた。

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小さな駅舎には風情があったが、改札口横には、間もなく新線に切り替わり、駅も移転するとの告知看板が立っていた。

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駅前に橋があるところも、保津峡駅によく似ていた。対岸から見れば、遠くに新線と新駅が目に入ったが、これも後に保津峡駅が新線に切り替わった時とよく似ている光景だ。

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大きく違うなと思ったのは、こちらではまだ腕木式信号機が現役バリバリで働いていたことだった。

福知山線の旧線跡は、レールが剥がされた後、その廃線跡がいつの間にかハイキングコースとして有名になり、多くの人が訪れる人気スポットになった。
 しかし、その大半がJR所有の私有地なので、ハイキングコースとしては単に黙認されているだけで、あちこちに「事故が起きても関知しません」との告知看板が立っている。

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