1988年8月26日(金)~8月30日(火) 南北海道・その1

1988年の3月に青函トンネルが開業し、それまで青森と函館を結んでいた鉄道連絡船の「青函連絡船」が廃止された。

が、青函トンネル開業に合わせて、その年の夏に開かれた博覧会を盛り上げるために、JR北海道は夏休み期間を中心に、1日上り下り2便ずつ、廃止されたはずの青函連絡船を108日間、運行することを決めた。

いつもは寝台特急「日本海」に乗って北海道に向かっていた自分だったが、今回は東京経由で。上野発、青森行きの寝台特急「出羽」に乗り、青森から青函連絡船を利用することにした。

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青森駅に着くと、既に青函連絡船乗り場には長蛇の列ができていた。

夏休みも終わりだったので、それほど混んではいないだろうと予想していたが、見事に外れた。

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十和田丸に乗り込んだが、広い船内に入ると、意外と空いていた。列車とは違って、収容人数が多いので、あれだけ並んでいても、この程度になるのだと思った。

ボーッと野太い汽笛を発して青森を出港すると、あとは4時間ほどの船旅だ。

マグロ漁で有名な大間の岬を過ぎると、津軽海峡に差し掛かり、急に船が揺れ始めた。自分は船酔いはしないので、特に影響は無かったが、そうでない人は大変だろう。

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函館に着いてからは、江差線に乗って、終点の江差まで。

赤字ローカル線の典型で、終点の江差に着く頃には、乗客は片手で数えるほどになっていた。

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折り返して出発していく列車。乗客の女の子の友だちなのだろうか、見送りの子どもたちが駆け出していく。

自分は、次の列車で折り返すことにしていて、駅前のお店で夕食を摂ったが、注文しても、品物がなかなか出てこず。

有り余るほど時間的余裕があったはずなのに、程良い待ち時間になってしまった。

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再び函館に戻り、午後11時30分発、札幌行きの臨時快速列車「ミッドナイト」に乗り込む。

この快速列車は、「青春18きっぷ」でも乗れる便利な夜行列車で、この夏から運転が開始された。臨時ではあるが、毎日運転されていて、車内は、それぞれカーペット敷きとリクライニングシートになった2両編成だった。

自分はリクライニングシートを選んだ。札幌に到着するのは午前6時30分なので、ちょうど7時間の旅だった。

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