1988年9月16日(金)~19日(月) さよなら青函連絡船・その1

夏に復活運航した青函連絡船も、いよいよ本当に最後の日が迫ってきた。

8月に北海道に行ったばかりなのに、再び大学の授業の合間をぬって北海道へ向かう自分がいた。

金曜日の授業を終えた後、その夜の寝台特急「日本海3号」で青森へ。このとき、函館行きの「日本海1号」もあったが、時間的に間に合わなかったので、やむを得ず、出発時間の遅い「日本海3号」を利用したのだった。

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往路、敦賀駅で機関車交換があった。

牽引する機関車が敦賀機関区の所属なので、日本海側を走る寝台特急は、例外なく、ここ敦賀で機関車交換がある。

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もはやブルートレインは姿を消してしまったが、長く夜行列車を楽しんできた自分が、その人生で最も多く乗った寝台列車が、この「日本海」だ。

同じように日本海側を走り、大阪と札幌を結ぶスペシャルな寝台列車「トワイライトエクスプレス」も4回乗ったが、この「日本海」は15回以上も乗っているので、その思い出は多い。

青森から関西方面へ集団就職する高卒の若者たちや、関西から北海道へ向かう修学旅行生と乗り合わせたこともあったし、個人の旅行だけでなく、大学のゼミ旅行でも乗ったことがあった。

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一夜明けて、青森からは青函トンネルを通る快速列車「海峡」に乗る。

青森と函館を4時間かけて結んでいた青函連絡船に代わる列車だが、こちらに乗っても2時間半はかかったから、青森と函館は、思ったより離れているのを感じさせられた。

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特に狙って乗った訳ではなかったが、たまたま乗車した快速「海峡」は、吉岡海底駅に停車する列車だった。

本来は事故時の避難場所のスペースなのだが、青函トンネル開業を機に、見学ができるようになっていた。

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