1984年2月19日(日) 竜華機関区

鉄道ファンに人気のあった電気機関車EF58型。10年ほど前まで各地で動態保存がされていたものだが、実際の営業運転から退いたのは、もう随分と昔の話になる。

かつては「つばめ」といった東京と大阪を結ぶ花型列車の先頭に立ったり、ブルートレインを牽引していたが、一方では荷物列車の牽引を主戦場としていた。

今では荷物と言えばトラック便だが、国鉄時代末期の1980年台半ばまでは、東京を中心に主な幹線に荷物を運ぶのが専門の「急行荷物列車」が設定されており、特に東海道・山陽線には数多く走っていた。

そのEF58型も老朽化に伴い、1980年台に入ると、次々と廃車され、その数を減らしていった。最後の活躍場所が、大阪から和歌山を経て、紀伊半島を周って新宮に至る、阪和~紀勢線で、大阪南部にある竜華機関区に集中配置されていた。

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竜華機関区に所属している機関車は、ほぼ全てがヘッドライトを改造されていた。シールドビーム2灯の、いわゆる「ブタ鼻」になって不細工に見えたため、どちらかと言えば、ファンには人気が無かった。

だが、米原機関区(滋賀)や浜松機関区(静岡)と並び、鉄道ファンには優しい機関区で、予約無しで訪れても、見学(=機関区に入って撮影)をさせてくれた。

今の人には考えられないことかもしれないが、当時の国鉄の機関区では、自分のような「カメラを持った少年」を普通に受け入れてくれた所がけっこうあった。

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中でも、竜華機関区は特に親切で、機関士の人や整備の人たちに誘われて、職員向けの食堂で昼食を摂ったりもした。

EF58の運転時における苦労話とかも聞いた記憶があるが、当時、中学生の自分には、あまり内容が理解できなかったことを覚えている。

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機関庫の中にも自由に立ち入れて、中で作業している職員の人が、作業の内容を説明してくれたりもした。

今から思えば、どこかのんびりとした時代ではあった。

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帰り道は大阪経由ではなく、奈良を通って。大都市近郊区間だと、きっぷの代金は変わらずとも、ルートを選ぶことが可能なのだが、大阪から京都に向かうのに、時間が余計に掛かる奈良経由で行く人は、よっぽどの物好きしかいないだろう。

当時、奈良線も電化前で、キハ35系が最後の活躍をしていた。

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京都新聞の撮り鉄カメラマン“カジやん”が、1978(昭和53)年から現在に至るまで、京都を中心に日本全国で撮影した鉄道写真を紹介します。

注*掲載写真の中には、現在は地形などの変化で撮影することができない場所や、撮影対象そのものが存在しなくなったものも含まれます。必ずしも現状とは一致しませんので、あらかじめご了承ください。