1986年8月24日(日) 吹田機関区

国鉄の分割民営化が決まり、着々と準備が進められていた頃のこと。日本各地の機関区や運転所などで、それまでにはあまり行われていなかった、鉄道ファン向けの見学会や撮影会が頻繁にあった。
 それまでは、限られた機関区で鉄道ファンによる見学や撮影が許可されている場所があったが、こうした見学会や撮影会は、そういう所に限らず、本当にあちこちで開かれた。

1986(昭和61)年8月末、夏休みが残り一週間を迎えた頃、大阪の吹田機関区で撮影会が行われることになったので、自分も足を運んだ。
 東海道線の岸辺駅を降りて、小雨が降る中を30分近く歩いただろうか、モハ52形「流電」が保存・展示されている正門を通って、機関区に入った。

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普段、貨物用の機関車が並んでいる構内には、この日のために集められたEF58だけでなく、梅小路蒸気機関車館からC62-2号機も姿を見せていた。
 EF58の方も、関西地区に最後まで残っていた大窓機である66号機と、原形を留めている部分が多くて人気のあった150号機が来ていた。

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C62の2号機は、構内を行ったり来たりする展示運転も行われた。

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貨物用のEF65一般型の14号機にも、なぜかお座敷列車「みやび」のヘッドマークが飾られていた。

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EF66のトップナンバーである1号機にも、有り得ない組み合わせである特急「つばめ」のヘッドマークが飾られていた。ただ、EF66そのものは前年の1985年からブルートレインの先頭に立っていたので、ヘッドマークが付いている姿には、それほど違和感を覚えなかった。

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EF65のPF(客貨両用型)である1000番台のトップナンバーである1001号機にも、これまた有り得ない組み合わせである特急「つばめ」のヘッドマークが飾られていた。

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この後、茶色に塗られることになるEF58の150号機も、この時はブルー色で、あちこちが磨かれ、連結器も銀色に塗られて化粧直しした姿で、「サロンカーなにわ」のヘッドマークが飾られていた。

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ここで、リバーサルフィルムに詰め替えて、EF58の原形大窓機で(お召機の61号機を除き)最後まで残った66号機を撮影する。
 寒冷地に所属していた時代のツララ切り(大型ヒサシ)が特徴の同機は、鉄道ファンの人気も高く、廃車になって、国鉄がJRになってからも、長らく奈良駅構内に保管されていた。しかし、手入れざれずに錆びが浮いた挙句、1996年3月に解体されてしまった。

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C62の2号機は、今も梅小路機関区にて健在だ。しかし、今では展示運転で走る姿しか見られなくなり、梅小路機関区の外に出ることは無くなってしまった。

国鉄時代の末期、全国で盛んだった見学会や撮影会は、分割民営化されてJRになって以降、その機会が激減した。特に自分の地元である関西地区で殆ど無くなってしまったのは、ちょっと寂しかった。

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