1978年9月18日(月) 京都市電とクルマ

鉄道写真を取り始めた小学生の時、自宅から最も近い「鉄道」だった京都市電は、既に全廃が決まっていた。
 同級生の親が「市電をまもる会」で活動をしていたので、市電を廃止せず、残していこうという考えも知っていたが、新しいモノに目を輝かせるのが常である子どもだった当時の自分にとっては、どちらかと言えば古いモノを守ろうという考えよりも、建設中で新しい乗り物である地下鉄が果たしてどんなものになるのかの方に興味があったことを覚えている。

とはいえ、姿を消していくものに対して、何かを残しておこうという気持ちは、時代や年代を問わずにあるものだ。
 廃止まで残り少ない時間の中で、市電を見かけてはシャッターを切っていた。

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そうして撮った市電の写真を眺めていると、懐かしい当時のクルマを数多く目にすることが出来る。
 1976(昭和51)年に空前のスーパーカーブームが起こり、フェラーリやランボルギーニが子どもたちの憧れの存在になった中で、数少ない国産のスーパーカーだったのがマツダ・サバンナRX-7だった。

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一方で当時のトヨタは、スーパーカーではないものの、スポーツカーとして、この時代にはセリカXX(ダブルエックス)を出していた。
 しかし、この時代は排気ガス規制が厳しくなったこともあり、概して燃費の悪いスポーツカーは肩身の狭い時代ではあった。

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今でこそ、日本国内で輸入車は数多く目にすることが出来るが、当時はまだ珍しかった。通称「タテ目」のベンツは、今見ても存在感がある。

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国民車と言えば、今はトヨタのハイブリッドカー・プリウスの代名詞かもしれないが、この頃はトヨタ・カローラとニッサン・サニーの時代だった。

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いわば市電=路面電車を道路上の「邪魔者」扱いにしてしまったクルマだったが、いつしか子どもたちが乗り物自体に憧れを抱かなくなり、今では運転免許を取らない若者が増えている一方で、国産メーカーからスポーツカーが次々と姿を消した。
 さらには、クルマの販売台数が各地から路面電車が次々と姿を消していた1970年頃の水準にまで落ち込んでいることを思うと、クルマもまた時代の波に翻弄されているようだ。

*写真は全て1978(昭和53)年9月18日撮影

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注*掲載写真の中には、現在は地形などの変化で撮影することができない場所や、撮影対象そのものが存在しなくなったものも含まれます。必ずしも現状とは一致しませんので、あらかじめご了承ください。