1990年3月31日(土)~4月1日(日) 金沢駅・その2

1990(平成2)年の春、自分にとっては大学生から社会人になるタイミングだった。
 しかし、大学在学中からアルバイトしていた会社に、そのまま就職したので、就職活動は全くしなかった。折しもバブルの絶頂期であり、同級生はみな内定を30~40社ももらうのが普通で、どの会社からも「接待攻勢」があり、どこを選んで入るのか悩まされる…という、今からは考えられない社会状況ではあった。

そんな名目上は大学生最後の日となる3月31日に、石川県の金沢へ旅行した。
 金沢駅に降り立つと、ちょうど上り大阪行きのトワイライトエクスプレスが入線してきたところだった。

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バブルの真っ只中に登場した豪華寝台列車のトワイライトエクスプレスだったが、この頃はチケットを取るのが「まだ」難しかった。「まだ」としたのは、その後、トワイライト用の車両が増備されたことで、運転本数も増発され、平日を中心にチケットが取りやすくなったからだ。

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この5年後、新婚旅行でトワイライトエクスプレスに乗車することになったのだが、結局、廃止になるまでの間、合計4回も乗ることが出来た。

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食堂車にカメラを向けると、自分と同じ年齢ぐらいのお客さんがピースサインを出していたが、当時はかなり羨ましく思えた。

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今、通常の料金で、こうした長時間&長距離の列車の旅は楽しめなくなった。かつて、山陰線に門司5:20発→福知山23:51着という長距離鈍行もあったが、もう大昔の話になってしまい、リアルタイムで知っている自分が、どれだけトシを取ってしまったかのかが分かるというものだ。

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明けて4月1日、社会人の初日になる訳だが、この年は日曜日だった。前日の雨模様とはうって変わり、朝からポカポカ陽気に包まれた。
 新幹線を見据えて、高架工事が行われていた金沢駅だったが、この頃は地平ホームであり、国鉄時代に金沢鉄道管理局が置かれていたのを反映してか、腕木式信号機や駅名標などのオブジェがホームの一角にあった。

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近畿地区とは違い、この地域ではJR化後に登場した車両の姿は殆ど見られず、国鉄時代と何ら変わりなかったが、塗色だけはオリジナルに変更されていた。

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かつては急行で活躍していた475系も、ローカルな普通列車に使われていたが、中央の貫通路上にある方向幕は塗りつぶされたり、鉄板で塞がれていた。

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ホームには、乗車口を示すプレートがいくつもぶら下がっていたが、最近ではどこの駅でもLED式の表示機が設置されたためか、いつからか見かけなくなった。

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京都までの帰り道に乗る特急「雷鳥」がホームに入ってきた。こちらも、国鉄時代と変わりない485系だった。

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車内に乗り込んでみると、不思議なことに、他にお客さんは1人もいなかった。

京都新聞の撮り鉄カメラマン“カジやん”が、1978(昭和53)年から現在に至るまで、京都を中心に日本全国で撮影した鉄道写真を紹介します。

注*掲載写真の中には、現在は地形などの変化で撮影することができない場所や、撮影対象そのものが存在しなくなったものも含まれます。必ずしも現状とは一致しませんので、あらかじめご了承ください。