1982年3月31日(水) 水上機関区訪問~高崎線の旧型客車に乗車

1982年の春休み、「青春18のびのびきっぷ」(→後の「青春18きっぷ」)を利用して関東方面へ撮影のために遠征した。まず、京都から豊橋に行き、飯田線を撮影の後、岐阜県の大垣まで戻って東京行きの夜行鈍行に乗って東京駅に着き、朝に上野駅で一通り撮影した後、今度は青梅線へ行ってED16を撮影し、その後、高崎線に乗って水上まで移動した。今から考えると、凄い移動距離だが、当時10代半ばだった自分にそれだけの体力があったのだと、50歳を過ぎた今になって感心してしまう。

水上では、機関区を訪問。国鉄だった当時、特に予約してなくても「見学」させてくれる機関区があちこちにあり、この水上機関区もその一つだった。

水上駅を出た時、同じようにカメラをぶら下げた人の姿があり、同じく水上機関区を訪問するというので、一緒に向かうことにした。話を聞けば自分より年上の高校生とのことで、東京から来たということだった。

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上越線の勾配区間に於ける「補機」を管理していた水上機関区には、当時、既にEF16の姿は無く、最新のEF64-1000番台がずらりと並んでいた。

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すぐ近くを走る上越線を下り貨物列車が通過していく。本務機EF15の前には、補機であるEF64-1000番台が誇らしげに先頭に立っていた。

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すれ違いで、クモニ83で編成された上り荷物電車が通過して行った。

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水上駅に戻ると、185系200番台の急行「ゆけむり」が出発を待っていた。その後、普通電車に乗って高崎駅へ移動する。

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すっかり日が暮れた高崎駅に、EF58を先頭にした旧型客車で編成された上野行き鈍行が入線して来た。先頭の154号機は、運転席側の窓が白Hゴム、助手席側が黒Hゴムという、変わった出で立ちだった。

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当時、高崎線を走る最後の旧型客車で編成された普通列車だったが、車内はガラガラ。この時に撮影・乗車してから半年も経たぬうちに客車は12系に、機関車はEF62に置き替えられてしまった。

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上野駅に向かう道中、再びクモニ83で編成された荷物電車とすれ違った。

京都新聞の撮り鉄カメラマン“カジやん”が、1978(昭和53)年から現在に至るまで、京都を中心に日本全国で撮影した鉄道写真を紹介します。

注*掲載写真の中には、現在は地形などの変化で撮影することができない場所や、撮影対象そのものが存在しなくなったものも含まれます。必ずしも現状とは一致しませんので、あらかじめご了承ください。