1979年9月23日(日) 京福電鉄

1979(昭和54)年9月、2学期も始まって間もなくの日曜日、母に連れられて妹と一緒に鞍馬山へハイキングに出掛けた。

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自宅から修学院駅まで歩き、そこから京福電鉄(現・叡山電鉄)に乗って鞍馬駅へ向う。修学院駅では、反対側のホームにデビュー間もないデオ600型の姿があった。
 間もなく鞍馬行きのデナ21型2両編成がやって来たので、それに乗り込む。当時は出町柳で京阪とも接続していなかったため、乗客はほぼ地元の人に限られ、実にのんびりとしたものだった。

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まだ暑さが残る中、貴船口駅で下車。ここまで自分たちを運んできてくれたデナ21型を見送る。
 その後、貴船まで歩き、鞍馬山を登り、鞍馬寺へ抜けた。

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鞍馬寺の境内にて昼食。母親の作ってきたお弁当を味わうが、当時の自分には街中では聞くことの無いミンミンゼミの鳴き声が珍しくて、さっさと食べ終わるやいなや、境内でその姿を探し回っていた。

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帰りは最後尾に陣取り、過ぎ去っていく車窓を楽しむ。二軒茶屋駅で、往路の修学院駅で見たデオ600型と再びすれ違った。

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岩倉駅を過ぎて宝ヶ池駅へ向かう途中、単行で走る岩倉行きのデオ200型とすれ違った。この当時、第二次世界大戦中の金属供出で、岩倉-市原間が単線化されて複線区間は岩倉までだったため、岩倉で折り返す単行の電車が設定されていた。
 帰りは宝ヶ池駅で下車し、歩いて帰宅したが、鞍馬山を上り下りするよりも、叡電の最寄り駅と自宅までの間を歩いた区間の方が長く感じたことを覚えている。

京都新聞の撮り鉄カメラマン“カジやん”が、1978(昭和53)年から現在に至るまで、京都を中心に日本全国で撮影した鉄道写真を紹介します。

注*掲載写真の中には、現在は地形などの変化で撮影することができない場所や、撮影対象そのものが存在しなくなったものも含まれます。必ずしも現状とは一致しませんので、あらかじめご了承ください。