1987年12月末 下津井電鉄

岡山県倉敷市児島に、かつて母方の実家があったが、その家の裏手を下津井電鉄というローカル私鉄が走っていた。
 昼間は1両編成のワンマンカーが走っていることが多かったが、当時は道路事情が悪かったこともあり、地元の人を中心に利用客に恵まれ、ローカル私鉄には珍しく黒字経営を続けていたことでも知られていた。しかし、1980年代に入ると経営は赤字に転落していった。

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線路幅が762mmしかない、軽便鉄道という規格の線路で、お世辞にも乗り心地は良くなかったが、狭い車内で膝を突き合わせている乗客は、いつもの面々という感じで、乗客同士の話し声が弾んでいたものだった。

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1両編成で走っていたモハ1001という電車は、この頃には「落書き電車」と銘打たれ、車内外に落書きがあふれていた。

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電車ではあったが、その運転台は、珍しくブレーキ弁や主幹制御器が車体に埋め込まれているタイプだった。

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鷲羽山駅には、かつて使われていた車両が待合室として第2の人生(車生?)を過ごしていた。ただパンタグラフも台車も装備したままであり、そのまま線路に乗せれば走りそうな感じではあった。

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近くの山に登って、線路を見下ろすアングルで撮影。待合室となった車両と、現役の車両が並ぶと、まるで単線での交換(すれ違い)に見えた。

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終点の下津井駅の窓口。ここだけ有人の駅だが、それもそのはず、鉄道事業部の本社が置かれていたからだった。

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