1978年10月15日(日) 東海道線・神足-山崎

鉄道写真を撮り始めて、毎月のように同級生だちと撮影に出掛けていた。とはいえ、小学生の子どもたちだけでは、そう遠くへは行かせてもらえず、何より小遣いにも限りがあるので、当初は近くばかりだった。
 そういう面で、小学生の子ども料金だと、京都市内の自宅から往復して交通費の総額が数百円で済む東海道線の山崎辺りは、格好の撮影場所ではあった。

1978(昭和53)年10月の日曜日、いつものように同級生2人と一緒に始発のバスに乗って京都駅へ向かい、山崎駅に降り立った。当時、一眼レフなんて持ってないし、望遠レンズも無いので、(望遠レンズが必要な)有名なサントリー前のカーブではなく、神足(現・長岡京)寄りの踏切へ行くことが多かった。

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この頃、九州と大阪を結ぶ夜行列車が数多く運転されていたが、ブルートレインの方は先頭のEF58にヘッドマークが無く、見た目にも寂しいもので、先頭を見ただけでは列車名が分からなかった。広島機関区所属のカマでよく見られた、下枠交差型のPS22パンタグラフを装備したEF58に引っ張られて姿を見せたのは、寝台特急「彗星」だった。

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同じ「彗星」でも、電車寝台の583系も走っていた。

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寝台特急「明星」の方も同じく、客車のブルートレインと電車の両方が走っていた。

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東海道線の貨物列車は、多くがEF65一般型とEF60だったが、時々、真っ黒なEH10も姿を見せていた。

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ブルートレインや急行ではヘッドマークの類が殆ど姿を消していた当時の関西地区だったが、北陸方面へ向かう急行「ゆのくに」と「立山」にのみ、まだヘッドマークが残っていた。

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京都新聞の撮り鉄カメラマン“カジやん”が、1978(昭和53)年から現在に至るまで、京都を中心に日本全国で撮影した鉄道写真を紹介します。

注*掲載写真の中には、現在は地形などの変化で撮影することができない場所や、撮影対象そのものが存在しなくなったものも含まれます。必ずしも現状とは一致しませんので、あらかじめご了承ください。