1986年3月26日(水)~30日(日) 九州方面のブルートレイン

1975(昭和50)年の3月に、山陽新幹線が博多まで延伸開業したのを機に、関西を発着する寝台特急=ブルートレインを先頭で牽引する機関車から「ヘッドマーク」が姿を消した。
 同じ頃、他の地域でも姿を消していたのだが、なぜか東京発着のブルートレインだけは、その後も残っていた。ところが、それには東京機関区に所属する電気機関車EF65型にのみ、という条件が付いていた。だから、同じ東京機関区に所属するEF58型が牽引するブルートレインにはヘッドマークが無かった。

しばらく時が経って、1983(昭和58)年の12月になって、九州方面でヘッドマークを復活させるという噂話が聞こえてきた。何でも、新しいヘッドマークがいくつも発注されたという話が、どこからか漏れ聞こえてきたのだった。
 年が明けて1984(昭和59)年2月のダイヤ改正で、正式に九州地区でヘッドマークが復活したが、その当時、実際にはフライングするカタチで1月から既にヘッドマークを付けて走っていたと聞いていた。

その当時、国鉄は民営化すべしという議論の真っ最中だった。だから、国鉄はあの手この手でイメージアップを図ろうと様々な施策を行っており、ヘッドマークの取り付けも、その一環だったのだろうと思う。

1986(昭和61)年の3月末、そんな九州地区へ友人たちと撮影に行く機会が訪れた。
 京都から熊本行きの寝台特急「みずほ」に乗り、ちょうど4人だったので、この時はB寝台4人個室「カルテット」を利用した。

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夜が明けて、本州から関門トンネルをくぐるのに、下関駅で機関車の付け替えがある。関門トンネルの区間は海水が滴り落ちるため、錆対策でステンレス車体の電気機関車が活躍していて、この日の「みずほ」はEF81型の304号機が担当した。

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門司駅で「みずほ」を降車し、ここで続いてやって来るブルートレインを次々と撮影する。

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自分たちが乗った「みずほ」を牽引していたEF81型の304号機が、いつの間に下関へ折り返していたのか、今度は「あさかぜ」を牽引して来たのには驚かされた。

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変わり種としては、寝台車と貨車を併結した「カートレイン」という臨時列車があった。これは、クルマと一緒に輸送してくれる列車で、乗客は寝台車を利用し、マイカーは貨車に積み込むという画期的なものだった。
 その後、九州北部をうろうろと観光。

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再び夜を迎えた。今度は、九州から関西へ向かうブルートレインが次々とやって来るが、そんな中で、珍しい併結マークの「明星・あかつき」を撮影する。

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その日の夜は、再び急行「日南」での車中泊。寝台車も連結されていたが、お金を節約するため、今度は座席利用だ。

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翌日は、高鍋駅近くの有名な撮影ポイントへ。歩いて行ったので、けっこう大変だった。ここでは新大阪発、南宮崎行きの「彗星」を撮影した。
 この後、日豊線を大分まで戻るが、寝不足だったので、車中では殆ど寝ていたことを覚えている。

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大分では、東京行きの「富士」に出会った。
 その後、小倉まで戻って、ここで初めてホテルに宿泊した。

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翌朝は早起きして、佐賀県の多良-肥前大浦駅の有名な撮影ポイントへ。
 多良駅からタクシーで撮影場所に移動したのは良かったのだが、帰りの交通手段が無かった。当時は携帯電話もスマホも無かった上に、近くに人家も殆ど無かったため、とりあえず歩いて駅に戻ることにしたのだが、かなり時間が掛かったのを覚えている。
 当時まだ10代の若い4人、駅に戻った頃にはお腹が空いてたまらなかった。ところが、まだコンビニの無い時代、その駅に売店が無かったことで、困ってしまった。
 友人の一人が近くで雑貨屋を見つけ、そこで食パンとサバの缶詰を手に入れてきたが、その食パンが「賞味期限切れ」だったので驚かされた。しかし、余りにもお腹が空いていたので、そのまま缶詰に入っていた「みそ味のサバ」をパンにのせて食べたことを覚えている。

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その後、この駆け足旅行の最後の夜は、寝台特急「なは」だった。
 2008(平成20)年3月に「なは」が廃止になった際には熊本-京都が運転区間だったが、この当時は西鹿児島-新大阪だった。そのため、新大阪で「なは」を降りた後、疲れた体で満員の新快速に乗って京都へ帰ったのを覚えている。

こうして今、振り返ってみると、この頃はまだまだブルートレインが数多く走っていた時代だった。
 写真を見ながら、当時を振り返っていると、様々な思い出が蘇ってくるが、よくも色々と覚えていたものだと自分でも驚かされる。

京都新聞の撮り鉄カメラマン“カジやん”が、1978(昭和53)年から現在に至るまで、京都を中心に日本全国で撮影した鉄道写真を紹介します。

注*掲載写真の中には、現在は地形などの変化で撮影することができない場所や、撮影対象そのものが存在しなくなったものも含まれます。必ずしも現状とは一致しませんので、あらかじめご了承ください。