1980年7月20日(日) 今熊野の跨線橋

小学校6年の時、「鉄道写真クラブ」というのを自分たちで作り、撮影会と称して級友たちと駅などへ出掛けていた。
 中学校に進学すると、幸いにも「写真部」があったので、そのまま入部したが、先輩たちはみな「一眼レフ」を手にしていた。広角レンズ、望遠レンズ、ズームレンズ…色々と付け替えることが出来る本格的なカメラを見て、それまで親から譲り受けたレンズ交換も出来ないし、露出計すら付いてない古いカメラを使っていた自分は、中学の入学祝いで貰ったお金と貯金を足して、ついに憧れの一眼レフを手にした。

1980(昭和55)年の夏休み初日、そんな写真部の先輩と、高校に進学したOBの方たちと一緒に撮影することになった。
 中でも高校に進学した写真部OBである先輩は、毎日鉄道写真が撮れるからという理由だけで、東海道線に隣接した私立高校に進学したというから驚かされた。

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今回の撮影場所は、その私立高校の近くだった。西を見れば、京都タワーが望めた。当時はまだ高い建物が殆ど無かったので、遠くまでよく見えた。

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京都を通る電気機関車と言えば、青色ばかりだった中で異彩を放っていたのが真っ黒な車体に黄色の細い帯が入ったEH10型だった。長大な貨物列車を単機牽引で関ヶ原越えするために製造され、2つの車体を連結した特異な電気機関車だったが、この頃には既に老朽化で次々と廃車されており、まさに最後の活躍を見せていた。

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夜行列車も次々とやって来た。新潟発大阪行きの寝台特急「つるぎ」や、EF58型が引っ張る青森発大阪行きの急行「きたぐに」も通勤電車に混じって走っていた。

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京都から草津線直通する列車は、今も朝夕に残っているが、当時はまだ機関車が引っ張る客車列車ばかりだった。だが、草津線直通は旅客列車だけでなく貨物列車もあり、時折、DD51型ディーゼル機関車が何両もの小さな2軸貨車を引っ張る光景も見られた。

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直通と言えば、大阪から長野へ直通する特急「しなの」も京都を通っていた。特急「しなの」は基本的に名古屋発着で、1往復のみ大阪まで直通していて、いつしか在来線を走る定期昼行特急列車の中で、最長距離を誇る存在になっていたが、今年(2016)の春、大阪乗り入れが廃止になり、京都駅で「しなの」を見ることは出来なくなってしまった。

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注*掲載写真の中には、現在は地形などの変化で撮影することができない場所や、撮影対象そのものが存在しなくなったものも含まれます。必ずしも現状とは一致しませんので、あらかじめご了承ください。