1984年10月5日(金) 阪急京都線・桂川橋梁

高校3年生の時、嫌でも「進路」というものを考えなくてはならなくなった。
 そんな中、将来の目標に向けて、希望する大学に入るため、受験に備えて予備校に通っている同級生も多かった。
 当時、漠然と大人になるのが嫌だと思っていた自分は、特に将来の目標も無かったため、どうすべきかが分からくなっていた。悩み苦しむのを嫌って現実逃避に走り、授業をサボっては、カメラを持って自転車で遠くへ走りに出掛けていた。当然、成績も急降下で、卒業すら危うくなってしまった。

1984(昭和59)年10月のある日、この日も途中で学校を抜け出し、桂川の方までふらりと出掛けた。特に目的は無かったが、気が付いたら阪急電鉄京都線の桂川橋梁の所まで来ていた。

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15分間隔で、6300系の特急が目の前を通過していく。上りと下りがあり、しかも桂駅の辺りで上下がすれ違うため、梅田行きの上りが通ると河原町行きの下りがすぐに来た。

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急行も15分間隔で走っていた。主に5300系が急行で走っていたが、この頃は行先方向幕よりもホーロー板のマークを掲げている車両の方が多かった。

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2年前の1982(昭和57)年にデビューした7300系は、5300系に混じって主に急行運用で活躍していた。今は屋根が白く塗られているが、この当時は、まだ一般車両と同じ単色塗装で、京都線を走る車両で屋根が白く塗られているのは特急用の6300系だけだった。

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元特急車の2300系は、この当時は主に普通で使われていたが、時々、急行運用に入っていることもあった。

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京都線の主力とも言える5300系は、急行をメインに普通でも使われていた。時には「代用特急」などと揶揄されていたが、特急にも使われていた。
 ちなみに、この時から30年以上、製造から45年が過ぎた今も、1両も廃車されることなく、京都線で活躍を続けているから驚かされる。

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右後ろ遠方に比叡山を望むことが出来る。急行で走る7300系だが、よく見ると窓があちこちで開いている。今は、どんな電車に乗っても年中エアコンしている感じで、窓が開かない車両も増えたし、こうして窓が不規則に開いている光景をあまり見なくなった気がする。

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