1987年3月8日(日) 東北線・野内-浅虫、青森駅

国鉄がJRに変わる直前の春休み、東京を経由して東北を一周する旅に出掛けた。
 三陸鉄道などを巡り、旅の終わり際に訪れたのが東北線の浅虫-野内だった。その様子は前にも紹介したが、今回は、その続きだ。

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かなり雪が積もっていたので、本来の撮影場所へ行くのを断念して、一旦は駅で撮影していた。だが、迷った末、せっかく来たのだからと、結局は国道沿いを歩いて、本来の撮影場所まで行くことにした。
 しかし、歩道部分は雪が積もっていて歩けないので、クルマが通る車道を通らざるを得ず、かなり危険な行為ではあった。しかも、雪がシャーベット状になっているので、クルマが近くを通ると、冷たい水しぶきを浴びてしまう。

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客車列車や、キハ22「うとう号」が目の前を通過した。しかし、シャーベット状の路面を歩いたことで、靴に水が染み込んだため、あまりの冷たさに耐えられなくって、すぐに駅へ引き返す羽目になってしまった。

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しもやけになりそうな痛さに耐えながら青森駅に戻ると、先ほど前を通ったキハ22「うとう号」がホームに停まっていた。

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さらには、同じく先ほど見た583系の特急「はつかり」の姿もあった。

その後、弘南鉄道を撮りに行った後、また青森駅に戻り、今夜の宿となる寝台特急「日本海」を待つ。

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今だったら自動改札機が並び、デジタル電光板が見える光景に変わっているだろうが、当時は職員が専用の鋏を持って改札口にいて、回転式の表示幕が列車の発着案内を知らせていた。

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ホームに、寝台特急「日本海」が入線した。

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自分が最も数多く乗ったブルートレインが、この「日本海」だった。廃止間際も、決して乗車率が低かった訳ではなかっただけに、姿を消してしまったことが惜しまれる。

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