1988年5月16日(月) 京都駅・宮福鉄道の新車展示会

1988(昭和63)年7月、国鉄時代から建設が進められていた、京都府北部の福知山と宮津を結ぶ「宮福線」が、第三セクターの鉄道「宮福鉄道」として開業した。
 翌1989(平成元)年8月には社名が「北近畿タンゴ鉄道」に変更され、さらに1990(平成2)年4月にはJR宮津線(西舞鶴-豊岡)の経営が移管されて、2つの路線を持つ鉄道になった。

宮福鉄道が開業する前の5月、新製された2両編成の車両が、新たに開業する路線のPRを兼ねて、JR京都駅で展示された。

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沿線にある「大江山の鬼伝説」にちなみ、赤鬼と青鬼をイメージした赤と緑の真新しいディーゼルカーが、京都駅6・7番ホームの西端に停車していた。
 少し離れた場所にある近鉄京都駅のホームで電車を待つ乗客らが、物珍しそうに視線を送っていた。

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見た目には完全な新車だったが、その車内には、新幹線0系で使われていたと思わしき見慣れた(?)リクライングシートや網棚が設置されていた。
 平日の昼間ということもあり、展示会といっても閑散としており、お年寄りがお孫さんを連れて見学していたり、駅のホームにある売店で駅弁を買ったと思わしき女性らが車内で昼食を摂っていたりもした。

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天橋立など観光地を走る車両なので、ローカル路線といえど、その車内は一見ゴージャスに映り、一般の人はそう思うだろうが、鉄道ファンの目には、そうは見えないのが面白い。

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灰皿には旧国鉄を示す「JNR」マークが入っている始末で、鉄道ファンの目には純粋な「新車」には、とても見えなかった。

宮福鉄道→北近畿タンゴ鉄道は、その後、福知山と天橋立を結ぶ区間が電化され、京都や大阪から直通する特急電車が乗り入れるようになったが、自社の車両はディーゼルカーのままだった。
 さらに沿線の過疎化の進行や道路整備に伴うマイカー普及などもあって、東北の三陸鉄道と並び、日本の第三セクター鉄道の中でも赤字額が大きいことで知られるようになってしまった。

2015(平成27)年4月から、鉄道運行事業が京都丹後鉄道に移管され、車窓を眺めながら食事が楽しめる観光列車「丹後あかまつ」「丹後あおまつ」「丹後くろまつ」号といった車両が人気を博しており、観光鉄道としての生き残りも模索している。

あの日、新車展示会で見た「赤鬼」「青鬼」のディーゼルカーたちは、その後リニューアルを受けて一部が変わったものの、今も活躍を続けている。

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