1987年2月8日(日) 加古川線

1987(昭和62)年2月のこと。冬晴れのある日、朝イチに東海道線・山崎-高槻間で撮影した後、兵庫県にある福知山線谷川駅と山陽本線加古川駅を結ぶ加古川線へ乗りに出掛けた。

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大阪駅で、ここから直通する福知山線の普通を待っていると、黄色に青いラインの入った113系800番台が入線してきた。
 前年11月に福知山線が電化した時に合わせて投入された電車で、まだ半年も経ってなかったこともあって、見た目はピカピカだったが、中身は古い113系という改造車だ。果たして、それが一般の人には、どう映っていたのだろうか。

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福知山線の単線区間では、度々、対向列車との交換があって、少しばかり停車する。こちらも改造されて走り始めたばかりの特急「北近畿」と、すれ違った。

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谷川駅で下車し、加古川線の列車を待っていると、キハ47+キハ20の2両編成がやって来た。

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折返しで先頭になるキハ20の方に乗り込む。

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車内に客の姿は数人だけ。自分を含めても、片手で数えられるほどだ。
 キハ20の助手席側は、仕切りの壁が下半分だけで、上にはガラスなどは無く、素通しになっていた。しかも、なぜか運転席すぐ後ろにある座席は、助手席側も含めて前を向いていて、鉄道ファンには特等席だった。

このとき、見晴らしの良い助手席側には、既に先客がいたので、自分は運転席側に座った。

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加古川線も単線なので、度々、行き違いのため途中駅で、しばし停車する。
 まだタブレットが使われていて、構内の信号機も昔ながらの「腕木式」が活躍していた。

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加古川線からは、高砂線・三木線・北条線・鍛冶屋線と4つもの支線が分岐していたが、その全てが廃止されたり、第3セクターに経営移管された。
 粟生駅で、その一つ、旧北条線の北条鉄道のレールバスと出会った。

加古川線の支線のうち、高砂線は国鉄時代の1984(昭和59)年に廃止され、鍛冶屋線はJRになって間もなくの1990(平成2)年に廃止になった。
 北条線と三木線は、共に1985(昭和60)年に第3セクターに経営移管されたが、三木線→三木鉄道は2008(平成20)年に廃止となり、現在も残るのは北条線→北条鉄道のみとなっている。

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