1988年5月26日(木) 快速「ならシルクロード号」

1988(昭和63)年の春から秋にかけて、奈良県で「ならシルクロード博覧会」が開かれた。
 バブル真っ只中の当時、全国各地で毎年のように博覧会が開かれていたが、「ならシルクロード博覧会」も、その一つだった。

大阪方面から博覧会を訪れる人のため、当時のJR西日本は、博覧会の開催に合わせて4月24日~10月23日に新大阪~奈良・加茂を直通する臨時の快速「ならシルクロード号」を一日に何本も運転した。

5月のある日、大阪市内の天王寺へ立ち寄った帰り道、その臨時快速「ならシルクロード号」に乗車することにした。
 大阪環状線の新今宮駅で、その臨時快速を待つ。

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奈良と大阪を結ぶ快速には、主に白に朱色のラインがある113系が使用されていて、こちらにも特設のヘッドマークが付いていた。

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ようやく、お目当ての新大阪行きの臨時快速「ならシルクロード号」がやって来た。
 こちらは、通勤用の103系だったが、通常の大阪環状線用の朱色ではなく、関西本線用の緑(ウグイス色)に黄色の前面警戒帯が入っているカラーの車両だった。大阪環状線を、このカラーの電車が走るのは珍しい。

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だが、珍しいのは車両の色だけではなく、これから走るルートの方だった。

新今宮を出発して、大阪環状線の外回りを西九条の方へ走っていると、対向の同じ臨時快速「ならシルクロード号」とすれ違った。

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西九条から大阪環状線ではなく、梅田貨物駅を経由する通称「梅田貨物線」へ乗り入れていく。今は、京都と関西空港を結ぶ特急「はるか」が当たり前のように通るルートだが、当時はここを走る定期旅客列車は無かったので、貴重な機会でもあったのだ。

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野田から福島へ、そして梅田貨物駅の真横を通っていく。初めて通るルートだから、当然、初めての車窓風景ではある。

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そして、そのまま終着駅の新大阪に到着。

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すぐに、奈良行きとして折返していった。
 通常は運転していないルートだし、新大阪駅では見慣れぬ色の電車だったため、駅員に問い合わせている乗客を何人も見た。

ちなみに、このルートは、先述の通り、今は特急「はるか」が通っているが、現在、地下化工事の真っ最中で、大阪駅北西にあたる辺りに新駅も作られ、2023年に開業予定である。

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