1978年8月30日(火) 東海道線・山崎駅&京都駅

今は学校によって夏休みの期間が異なっているようだが、自分が子どもの頃は、夏休みと言えば、7月21日から8月31日までと決まっていた。
 土日が休みという週休2日制が当たり前となった今では、代わりに夏休みが短くなる傾向があるようで、8月20日を過ぎた頃から通学する子どもたちの姿を目にするようになってきた。

1978(昭和53)年の夏は、雨が殆ど降らず、快晴の日ばかりが続く暑い夏だった。
 毎日のようにプールに通っていたのを覚えているが、一方ではカメラを手に鉄道写真を何度も撮りに行った。

2学期が目前に迫り、夏休みの宿題の仕上げに追われていた頃、夏休みの家族旅行に行った際にカメラに詰めていたカラーフィルムがまだ残っていたこともあり、撮影に行くことにした。

当時、京都市電の廃止も目前に迫っていたが、その市電の始発に乗って京都駅へ向かい、9月に友人たちと撮影に行くことになっていた東海道線の山崎駅へ向かった。
 当時は月刊誌ぐらいしか情報源が無く、当時小学生の自分たちには、鉄道写真の撮影場所を詳しく知る術があまりなかった。山崎駅の近くに、鉄道写真で有名な大カーブがあることを知っていたが、具体的にどこにあるかを、その時点ではよく分かっていなかった。
 サントリーの前にある有名なカーブは、山崎駅の大阪側にあるのだが、それを知らずに山崎駅を出て、京都側に歩き始めてしまった。

駅の近くにある踏切にて、とりあえず撮影を開始する。

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この当時、まだEF58がいっぱい走っていた。主にブルートレインと荷物列車で姿を見たが、ヘッドマーク付きを見ることは無かったのが残念だった。
 自分より少し年上で、既に鉄道写真を撮っていた人たちは、数年前までヘッドマークが付いていた大阪発着のブルートレインの写真を撮っていた。そこには、必ずのように誇らしげにヘッドマークの付いたEF58の姿があったのだ。

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485系の特急「雷鳥」も、当時はまだ絵入りマークになっていなかったが、余りにもよく見かけた特急電車だけあって、次第に撮り飽きてしまう存在でもあった。
 歩き回った結果、このときは有名なカーブが見付からず(方向が間違っているので当たり前だが)、そのままこの日は帰る羽目になった。

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京都駅に戻り、陸橋の上で背伸びして窓から真下に停車していた153系の新快速を撮影した。
 ブルーライナーと呼ばれていた当時の新快速は、一応、ヘッドマークと呼べるものを前頭部に装着していたが、そのデザインは、数年前まで主に急行用で使われていたものと全く同型だった。

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京都駅7番ホームと、向かい側にある奈良線用の8番ホームとの間には、通過線と留置線があった。留置線にEF58が停車している横を、EH10がけん引する一般貨物列車が通過していった。

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この頃には、草津線や奈良線に貨物列車の運用があったので、DE10がけん引する貨物列車の姿もよく見られた。

紙面連載

京都鉄道博物館の学芸員が車両や信号など分かりやすく紹介します。 >>

鉄道関連ニュース

京都新聞の撮り鉄カメラマン“カジやん”が、1978(昭和53)年から現在に至るまで、京都を中心に日本全国で撮影した鉄道写真を紹介します。

注*掲載写真の中には、現在は地形などの変化で撮影することができない場所や、撮影対象そのものが存在しなくなったものも含まれます。必ずしも現状とは一致しませんので、あらかじめご了承ください。