1981年4月1日(水) 瀬野駅

山陽本線の瀬野-八本松間(通称:セノハチ)では、主に貨物列車の最後尾に補助の機関車=補機が付くことで鉄道ファンの間で知られていた。
 1981(昭和56)年の当時、その補機に使われていたのは、戦前製の旧型電気機関車であるEF53やEF56を改造したEF59型か、新性能型として最初に登場したEF60を改造したEF61-200番台だった。

どちらも改造機で、急勾配区間用にギヤ比を変更したり、走行中に補機が離れることに伴い(走行中に)連結器を開放する運用(=走行開放)だったため、それ用の特異な装備がなされていた。

1981年の春休み、京都駅から夜行寝台特急「みずほ」に乗って、広島方面への旅行に向かった際、ついでに瀬野駅を訪れることにした。
 広島駅には午前4時台の到着だったが、折返しの始発電車に乗って、EF59たちが所属する瀬野機関区のある瀬野駅へ向かった。

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瀬野駅に到着すると、ホームの上で、どこかで聞いたメロディーの音楽が流れていた。よく見れば、国鉄職員の駅員さんたちがラジオ体操していたのだった。

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瀬野駅の隣りにある機関区に、EF59のトップナンバー機が止まっていた。
 この1号機と11号機は、群馬県にある碓氷峠鉄道文化むらに保存・展示されていて健在である。

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瀬野駅及び瀬野機関区には、他にEF59の姿が殆ど無かったが、隣の八本松駅の方へ行ったら、いっぱい居たので驚いた。
 要は、それだけ現役バリバリに活躍していたという訳だが、実は本来は置き換えのために登場した筈のEF61-200番台が、重連での運用が難しいという不具合が見付かり、仕方なく老体に鞭打って引き続きEF59が活躍していたという事情があった。

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EF59は、貨物列車の最後尾と連結する側は、走行開放する際の装備があるため、連結器周りが賑やかになっていた。

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反対側は、これまたトラ模様の派手な警戒色が塗られていた。

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