1982年3月29日(月) 米原機関区

まだJRが国鉄だった時代、小学生や中学生だけで訪れても、見学という名の撮影が許可される機関区や運転所がいくつかあった。
 関西地区で言えば、大阪府の竜華機関区と、滋賀県の米原機関区が、カメラを手にした鉄道ファンに対して開放的な機関区として知られていた。どちらも事前の予約が無くても、その日に行けば入れてくれたのだ。

今から思えば信じられないことだが、機関区の中でもヘルメットの着用とか言われなかったし、誰か係員が付いて回る訳でもなく、本当に自由に構内をどこへでもウロウロすることが出来た。

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1982(昭和57)年の春休み、京都から東海道線に乗って米原へ行き、米原機関区を訪れた。
 この日は天気が良く、春らしいぽかぽか陽気に包まれた一日だった。

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お目当ては特に無かったが、米原機関区に所属する機関車で、特に人気のあったEF58の中で、側窓が2つ余分に多く「変形機」と呼ばれて人気の高かった36号機が狙いの一つだった。
 しかし、残念ながら、この日は出掛けていて、その姿は無かった。

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代わりにと言えば失礼だが、EF65の一般型、F型、P型を撮影した。

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当然のことだが、機関区は機関車を保管したり、メンテナンスをする場所であるから、あちこちで手入れが行われていた。

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洗車も大切な作業だが、一人の職員がブラシの付いた長い棒を巧みに操って掃除していた。

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まだバリバリに働いていたEF58も、各部が磨き上げられ、ピカピカだった。

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今から思えば、当時の機関区にはバラエティに富んだ色々な機関車を見ることが出来た。
 経済的な面から見れば、種類が多いということは、明らかに非効率的になるのだが、見ている方は、その方が楽しい。

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時代が変わり、今では電車も機関車も、本当に種類が少なくなったと思う。
 経済、効率という面からは、その方が良いのだろうけども、昔を知る人間から見ると、ちょっとどこか寂しくも思えてしまうのだった。

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