1983年7月27日(水) 東海道線・山崎-高槻

1983(昭和58)年の夏休み、何年、何十年ぶりかで復活運転する列車の運行が発表されていた。
 そのうちの一つは、戦後間もなく最初に復活運転された特急「平和」で、もう一つは新幹線の岡山開業(1972【昭和47】年)まで運転されていた特急「うずしお」だった。

それが同じ日に運転されるということで、定番の撮影ポイントである東海道線の山崎-高槻へ出掛けた。

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場所取りも兼ねて、始発電車に乗り込み、山崎駅で下車。そこからは20分ほど歩いて、目的の撮影ポイントに入った。
 この時点で、朝一番に大阪方面から来たのか、それとも近所に住んでいるのか、既に何人ものカメラを構えた鉄道ファンの姿があった。

このパターンで撮影に行くと、いつも最初に来るのが、新潟発・大阪行きの寝台特急「つるぎ」だった。

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続いて、前の年からキハ181系になった特急「はまかぜ」が姿を見せた。

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20系のブルートレインだった東京発・大阪行きの寝台急行「銀河」は、けん引機が見慣れたEF58ではなく、主に特急用だったEF65PFになっていた。

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この頃の急行「きたぐに」は、14系の座席車と寝台車の混合になっており、運転区間も短縮されて、新潟発・大阪行きになっていた。先頭は、米原機関区の人気者だった変形機のEF58-36だった。

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多客期に運転されていた座席車の臨時急行「銀河51号」もやって来た。

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583系の特急「雷鳥」がやって来た。北陸方面へ向かう「雷鳥」でも使われていた583系だったが、この頃は、まだ本来の寝台特急として九州方面へ何本も走っていた。

そして、いよいよ復活運転の特急「うずしお」がやって来たのだが…

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ヘッドマークを見て、びっくり。オリジナルの文字ではなく、現代的な「絵入りマーク」になっていたのだった。
 これには、現場に居合わせた鉄道ファンたちから大きな溜め息が漏れた。

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当時の国鉄で、復活イベントを考えている部局には、オリジナルに対する敬意や、復活運転の意味を深く考えている人がいなかったのかは定かではないが、これと同じようなことは他にもあった。

続いて、もう一つの目的である、復活運転の東京行き特急「平和」がやって来た。先頭に立つのは、東京機関区のエースであるお召専用機のEF58-61だ。

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先頭に「平和」のオリジナルなヘッドマークがあったのは良かったが、後ろは通常のテールマークの位置に、小さく丸いマークの入った表示で、これまたがっかりした。
 当時、このテの臨時列車では、板状の丸い大型テールマークを付けたパターンが見受けられていただけに、これも予想外のことだった。

この復活運転された「平和」は、背の低い14系座席車ばかりの中で、唯一、寝台列車に連結されていた食堂車(オシ14)が挟まっていた。実際に、この時は食堂営業を行っていたようだ。

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その後、12系座席車の団体列車を引っ張るEF58が姿を見せた。この頃は、EF58が最後の活躍をしていた時期でもあった。

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