1982年3月30日(火) 青梅線のED16

1982(昭和57)年の春休み、初めて発売された「青春18のびのびきっぷ」(→後に「青春18きっぷ」と改称)を使って、大垣発・東京行きの鈍行夜行列車に乗り、関東方面へ撮影旅行に出掛けた。
 この時の主な目的は、青梅線を走る旧型電気機関車のED16だった。

東京から中央線に乗り、立川で青梅線の奥多摩行きに乗り換える。
 そして、降り立ったのは古里(こり)駅。ここからは徒歩で、有名な撮影ポイントへ向かう。

とはいっても、初めて行く場所なので、線路沿いに歩いて、それらしき場所を探す。当時はスマートフォンどころか、インターネットもGPSも無かったから、これが当たり前だった。
 ようやく、それらしき場所を見付けて、三脚を立て、目的のED16が来るのを待つ。

どれぐらい待っただろうか、ようやくED16がホッパ車を引っ張って姿を見せた。

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当時、青梅線のED16は、奥多摩駅から石灰石を満載したホッパ車を引っ張るのが主な仕事だった。昔は本線を走っていた機関車だが、この時は既に同形式の全車両が、この青梅線を主な働き場所としていた。

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古里駅に戻ると、ED16の5号機が、たった2両のホッパ車と車掌車を連結して佇んでいた。
 ここから奥多摩駅へ移動する。

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広い奥多摩駅の構内には、何両ものED16の姿があった。

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お世辞にも大きいとは言えないED16が、目の前を入れ換え作業でウロウロしていた。

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中には、パンタグラフを降ろして休んでいる車両もあった。
 この頃、関東方面では同じ茶色の旧型電気機関車がまだまだ現役で活躍中だった。自分の住む関西では、紀勢線ぐらいでしか見られなかったので、ちょっと羨ましく思えた。

だが、最後まで茶色の旧型電気機関車の本線での運用が残ったのは、なぜかその紀勢線になった。

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