1980年5月11日(日) 東海道線・山崎-高槻

今はJR京都線と呼んでいるが、東海道線の山崎駅の西側にある大きなカーブ=通称「サントリーカーブ」は、昔から鉄道ファンにとって有名な撮影スポットである。
 いつの間にか、周辺がマンションばかりになってしまったが、昭和50年代半ばの頃までは見晴らしも良く、カーブの内側に高さ20メートルはあろうかという大木があった。

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ところで、今では線路敷地内へ立ち入って撮影すること自体が禁止行為とされているが、当時はまだ事実上「黙認」されており、日本各地の撮影ポイントで線路際にカメラを構えた鉄道ファンの姿があった。
 とはいえ、その当時でも鉄道写真を撮るのに夢中になっていた少年が、通過列車と接触して怪我したり、果てにはひかれて死亡するといった痛ましい事故が何度も起きていた。

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この当時、まだ自分は望遠レンズを持っておらず、基本的に標準レンズ(50ミリ)の付いた手巻きの一眼レフでの撮影だった。
 サントリーカーブでの撮影には望遠レンズが必要だったので、標準レンズだけでは狙っていたような写真は撮れなかった。そのため、上の写真でも左側に確認が出来るのだが、標準レンズしか持ってないような人が、カーブの内側の線路際でカメラを構えていることがあり、よく外側でカメラを構えている人とケンカ(=画面に入るから「邪魔」)になっていた。

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特急「はまかぜ」も、この頃はまだキハ82系の独壇場だった。
 他にも「まつかぜ」「あさしお」で見慣れていたため、逆に言えば当時の自分には面白みの無い存在だと感じていた。

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EH10けん引の貨物列車と、113系の快速が、ちょうど目の前ですれ違った。

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続いて、EF58けん引のブルートレインがやって来た、先頭は、下関機関区所属の大窓機31号機だった。

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20系の寝台特急は、当時にして珍しかったので、後ろ側も撮影。臨時特急のためか、マークが入ってなかったので、「彗星」だったか「明星」、「あかつき」だったかが分からない。
 手前には、撮影ポイントまで自転車でやって来た鉄道ファンが駐輪していたが、後に自分も高校生の頃からは自転車や原付バイクで撮影に訪れることがあった。

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