1987年4月5日(日) 六甲道駅

1987(昭和62)年の春、国鉄がJRに変わって間もない頃、山陽本線の六甲道駅を訪れた。
 何かの用事があったと記憶しているが、その用事が何であったのかが今となっては思い出せない。意外と、下らない理由だったのかもしれないが…。

京都から大阪まで新快速、そこからは普通に乗り継いで六甲道駅へ。当時、データイムを除いて、快速は六甲道駅に停車しなかった。
 その六甲道駅を中心とした山陽本線の住吉~東灘間は、1976(昭和51)年に高架化され、枕木の下に砂利が無く、コンクリート道床になっている、いわば新幹線みたいな近代的な区間になっていた。
 列車の走行音を吸収してくれる砂利が全く無いので、この区間を走っていると車内に独特の反響音が聞こえてくる。

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六甲道駅のホームで、行き交う電車を撮影しようとカメラを構えていたが、来る電車、どれもがJR化を祝うヘッドマークを付けていた。

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電車だけでなく、貨物列車をけん引してるEF66にも、そのヘッドマークが付いていた。

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走っている電車そのものは、国鉄時代と何も変わってないのだが、JRマークがヘッドマークだけでなく車体にもあちこち取り付けられていた。それが、あたかも国鉄が民営化されてJRになったのだという、世間への大きなアピール行為にしか見えなかった。

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国鉄時代の最後の方で東海道・山陽緩行線に投入された205系にも、JR化を祝うマークが付いていた。

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この頃の関西地区では、湘南色の113系がまだまだ主力だった。
 奇しくも、今回、ここに取り上げた車両の殆どが、既に姿を消してしまった。そのことは、国鉄時代の車両が、次第にJRの線路上から姿を消していっている事実を象徴している気がする。

この六甲道駅も、この写真を撮った8年後に起きた阪神大震災で大きな被害を受け、線路も駅も完全に作り変えられた。

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