1981年3月21日(土・祝) 京都駅

1981(昭和56)年の春、神戸に埋立で作られた大きな人工島「ポートアイランド」が完成したのを機に「ポートアイランド博覧会」、略して「ポートピア81」が開かれた。
 そのポートピアは、3月20日から9月15日まで開かれたが、当時の国鉄は北陸方面(富山)と神戸(三ノ宮)を結ぶ直通の臨時特急(=土・日・祝日に運転)、その名も「ポートピア」を運転した。ちなみに、同じ区間を走っていた特急「雷鳥」の一部も、同じように大阪から三ノ宮まで延長運転されていた。

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1981(昭和56)年3月21日の土曜日、その日は「春分の日」で祝日だったが、朝から京都駅へ行った。
 主に優等列車が発着する6・7番ホームに行くと、表示版に「特急ポートピア 三ノ宮」と掲示されていた。

車両そのものは「雷鳥」に使われている485系特急電車であることは、運転が発表された時から明らかになっていたが、自分たちの興味は、どんなヘッドマークのデザインになるのか、というものだった。

ところが、ホームに入ってきた電車の先頭を見て、愕然とした。なんと、ヘッドマークは「真っ白」だったのだ。

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サイドにあるドア横の方向幕にも「臨時」としか出ていなかった。
 「特急ポートピア」を示すものを探したところ、昔ながらの愛称表示板を差し込む部分に、なんとも手作り感が漂う「特急ポートピア」「富山 三ノ宮」の表示板が入っていただけだった。

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ただ、乗客そのものは満員だった。
 1分ほどの停車の後、すぐに大阪~三ノ宮に向かって発車して行ったが、あまり撮影意欲が湧かないまま、愛称表示幕が真っ白な485系の後ろ姿に向かってシャッターを切った。

何のために京都駅に来たのだろうと思っていると、すぐに京都止まりの急行「銀河51号」がやって来た。

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今思うと、8番ホームに停車中の奈良線のキハ35系の姿も含めて、みな貴重なシーンなのだが、その当時は見慣れた「いつもの光景」にしかすぎなかった。
 そういう見慣れたいつもの光景だって、10年、20年、30年…と経てば、みな懐かしい、貴重な思い出のシーンになるのだ、と語っていた大人の人は、その当時にもいたのだが、写真と言えばフィルムだったの時代のこと、貴重なお小遣いの使い道という面で考えると、あれこれ何でもシャッターを切って撮影という訳にはいかなかったのだった。

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